じゅぁきのディープゾーン

NEWSからみた、一般的な生き方をしてる疑問点などを提起したり、逆に考えた結果など。 ちなみに文章になるとかたくなるのは、年齢的なもの?(笑)。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント(-)

記者会見を見て

川崎容疑者、事件発覚直後に突然引っ越し 捜査逃れる目的か

昨日は全然人を見ずに、父親の夫婦を語ってしまい、会見を見て思ったこと
「あっ、全然違う。この人なら家族4人で大丈夫だ」
というものだった。

ここからはちょっと言い訳^^;;。
まず、2人殺害だったので、もう子供はいないと思った。そしたらまだ2人いたんですね。
次に、殺害された祖母ですが、借金が明確ではないですが、どうも勝手にギャンブルと思っていたようです。
違ったようですね・・・。

というわけで、少ない情報と未確認の情報から全然違う人物像で書いてしまって申し訳ございませんでした。

父親は、不器用そうですが、ちゃんと妻と子供を見て頑張っていけると思います。

さて、次に川崎容疑者に関しては、相変わらず人物像がみえない。
こういってはなんだが、200万くらいの借金が理由でと正直思ってしまう。
というのも、彼は妻の病死をどうやらちゃんと看取っているという。
そんな人が単純なお金で人を殺すだろうか?

しかも遺棄した場所をみると、用意周到に考えている。
もっとも穴だらけの計画ではあったのであろう。

川崎容疑者にも子供がいるようだし、どうも納得いかない点が多々ある。
子供に見られたから?
そもそも別の日にする気はなかった?
計画的じゃなかった?

わからない事だらけであり、何故こんな事になったのだろうか不思議である。
そもそも借金の理由がよくわからないし。
一般的に入院してる人の名義で借金てできるものなの?
闇金?

本当に謎が多い事件です。
それだけに殺害された姉妹はとばっちりで災難だったと思います。

まぁ、できれば殺害にいたった動機だけでも正確に発表して欲しいです。
特にそれ以外は興味ないですから。

スポンサーサイト
  1. 2007/11/29(木) 11:10:09|
  2. 報道関連|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

見えない人物像

香川3人不明 悲痛…身内の凶行 「なぜ、幼い命までも」

全くもって見えてこない犯人の人物像。
会社や”外のつながり”では「いい人」だけど、一歩”うちのつながり”では凶暴な一面もあるという。

しかし、本当にこの知人の人物像が正しいとは思えないのは何故だろう。
そもそも、誰でも凶暴な一面はある。
それを”理性”で押さえる事ができるから人なのである。
この犯人は本当に常にそういった”理性を失う”人なのであろうか?

ただ、私は人殺しを容認できるほど神様じゃぁない。
まして子供を殺した事で、なおさら許せない。
ただ、そう、ただ報道されてるような人じゃないような気がする。
そう思いたいだけなのかもしれないけど・・・。

ま、死刑は確実でしょうから、川崎容疑者にとっては生きるつらさより、死の宣告の嬉しさがあるかもしれません。
この人の場合は100年懲役の方が堪えるでしょうが、そんな法はないですね。

それにしても、いたたまれないのは父親です。
ぶっちゃけ、妻の母親という、ある意味他人である人の問題に巻き込まれたわけで、彼の心情を想像しても、想像しきれません。
おそらく私では想像できない”怒り””悲しみ””虚無感”にさいなまれているでしょう。
子供達の母親も同様に、自分の母親が引き起こしたことに巻き込まれ、どうやって心の整理をするのでしょうか?

もっと心配なのはこの夫婦は、今後一緒に生活していけるでしょうか?
私なら離婚の道を選んでしまいそうです。
「おまえの母親が子供殺したも同然やぞ」
って、気持ちを知られたくないし、言いたくないし・・・。

ぶっちゃけ、祖母が殺された理由はそれなりに情状酌量の余地はあるだろうけど、子供は無関係だからね。
夫婦にとってみれば、よきおばあちゃんだったかもしれないし。

だからこそ川崎容疑者は義姉を許せなかったかもしれません。
自分は妻を病気でなくし、その病気の妻に無心にくる姉。
その姉がいいおばあちゃんやってるなんて・・・。

私は何度もいいますが、殺人を容認できるほど神様じゃない。
川崎容疑者は死刑だと思っています。
ただ、自分のまわりを見たときに、家族の安全を考えると、こういった事がおこると予見できたかどうか。
それを心配して、この事件を見ています。

そういった角度での報道はないでしょうから、考えるしかないですね。
少ない情報から・・・。

  1. 2007/11/28(水) 10:41:28|
  2. 報道関連|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

【浮世離れ】赤ちゃんの面倒は・・・

今日は久し振りに子供の話。

ようやく先週に家族4人の生活が始まり、はや一週間。
金曜日にお宮参りを済ませ、かみさんと下の子の一ヶ月検診を終え、一安心。
そんなわけで、昨日はかみさんと上の子を外に出してあげて、上の子の心のケアをさせてあげたく、私は赤ちゃんの世話を買ってでました。

正直、そんなに大変と思ってなく、上の子が赤ん坊の頃にも面倒みてたから平気だろうと・・・。
甘かったorz。

かみさんと子供が出かけ、しばらくすると赤ちゃんお目覚め。
ミルクをやって落ち着くはずが・・・。
全然ダメ^^;;。
寝ないし、ぐずるし、布団類の入れ替えで干しているしなどのてんわやんわの大騒ぎ。
赤ん坊はすぐにミルクと泣くし、ぐずる。
ようやく寝たと思ってお昼を買いに行くと、戻ったら泣いてた、う~ん、泣き始めたが正解かな・・・。
よかったよ、嫌な予感ですぐ戻れる買い物で。

結局、赤ん坊のご機嫌とりと、布団干しと圧縮と掃除をしながら、気がつけば夕方でした。
こんなに大変だったかなぁ?
と、記憶を辿るも、全くそんな気がしない。

やっぱり女の子と男の子との違いみたいですね。
本能でかみさんがいないの察知したようで、帰宅してからは熟睡につぐ熟睡でした(笑)。

もうちょっと大きくなれば、家族4人で公園に行ったり、お出かけができるのですが、まだまだ先のお話で、その前にクリスマスやお正月が待ってます。

かみさんの風邪もようやくよくなってきて、上の子もよくなってきました。
そして、案の定私が今つらい^^;;。
午後はどうしようか検討中です(笑)。

  1. 2007/11/26(月) 11:48:36|
  2. 子育て|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:2

縦割り班というもの

先日らい、かわらやさんと「イジメ」に関していろいろお話をさせていただきました。

いじめは必要悪?

実はタイトルと内容は合致せず、また本人もこのタイトルによって読まれるという事をわかったうえでつけているそうです。

何点か話していて、基本的な方向性やアプローチの点などを詰めていくと結果的にほぼ同じ考えである事がわかりました。
ただ、重点という意味ではほんのわずか違いますが、これは細かすぎるのでいいかなと^^;;。

そこで、最近になって、学年間の敷居を取り払うことがテストケースとして行われ、成功を収めているとかかれていました。
ところが、私は『縦割り班』という形で、26,7年前にこの試みに参加しておりました。
何故今頃?ってちょっと疑問があり、また、私が卒業と同時になくなった制度が今見直されているというのも面白いなと。

まず、私がかよっていた小学校は本当に変わった学校でした。
今では当たり前だったり、ありえなかったりした事が平気で行われていました。

今では当たり前なところ
1.ひまわり学級制度
2.集団下校の月1制度
くらいですかね・・・。

おいおいなところ
1.縦割り班のテスト
2.課外授業の担任責任制度
3.雪が降って、10cm積もると学校全体で雪合戦

思いつくところはこんなところですか?
まぁ、いろいろあった小学校時代と中学校時代、記憶が曖昧なところは除きました。

さて、ひまわり学級に関しては、障害者を普通校でありながら入学させる制度です。
ここ10年くらいは制度として整い、まわりの理解を得られるようになりましたが、私の時代ではやっぱり古い風習の残る、東京都下の田舎ですから保護者間でもめたと聞いた事があります。
それでも校長以下、教師が一丸となってこの「ひまわり学級」を作ったそうです。

例えば、現在はぶっちゃけ”経営難”から入れるケースがほとんどですが、当時は子供が溢れるばかりにいた時代です。
はっきりいって、経営で入れる事はありえない時代です。
にもかかわらずひまわり学級を作った意図はなんだったのでしょうか?
今となっては正確な理由も意味も想像しかわかりませんが、この結果は私は多大ないい影響を受け、私は障害者に触れたことの本当に意味を大人になって知りました。

集団下校に関しては、必ず月1で行い、この場合は保護者が協力する事になり、持ちまわりで協力者を決めていたそうです。
これは結果論ですが、自分の子供の近所にどんな親子がいるか知る事になり、また地区の違う子供と友達同士の場合に挨拶などができるなど、まさに地域社会の形成に役立っていたようです。

今は犯罪から身を守るために行っていますが、当時は隠れた意味でそういったこともあったと思います。
ただ、表にでてこなかっただけかもと思います。

そして、縦割り班は最後に説明するとして、課外授業の担任責任制度というのは、担任が課外授業を決めてしまうという点です。
今ではありえないそうです。現役の教師に聞いたら「信じられない」といわれました。
もっとも昔だって勝手にはできず、おそらく申請制度だと思うのですが、こんな事がありました。
無知な自分に腹が立つ


その大きな理由は、前に書いたと思いますが、鍾乳洞を見つけたエピソードでのこと。
簡単にかくと、うちの小学校近くにちっちゃい山があり、山道はそれなりにハイキングコースで整備されてました。
整備のされかたが、杭と杭の間を木でつなぐものでした。
ところが一箇所だけロープでしたので、友達数人でロープをまたぎ、険しい獣道を下ってしまいました。
その先には鍾乳洞があり、翌日懐中電灯を持ってちょっと探検気分で入りました。
それを数日後あっちゃん先生に言ったときのこと
「危ないというマークがあるのに、何で入ったの!」
と怒られてしまいました。
たしかに赤いペンキが獣道の近く木々に塗ってあり、それを承知で入ったのでした。

しかし、他の先生と違うのは、
「でも鍾乳洞を見つけて報告してくれたことは嬉しいわ」
といい、後日課外授業でサポート父兄を募集して、クラスで見に行きました。

つまり、やってはいけないいけない事はいけないが、その結果、報告をしてみんなで見たいという心は誉めてくれました。
しかも今時の先生ならサポート父兄を募集してまで鍾乳洞に連れて行こうといってくれる先生なんていないでしょう。
この見学会は今でも一生の宝物として心に残っています。


このように課外授業にしてしまうなんて事をやってのけるのです。
他にも春に花が咲き出す頃に近くの山をハイキングし、植物観察したりなど。

ちょっと課外授業と違いますが、小学校6年生の担任は
「理科は実験してこそ理解が深まる」
という先生で、一年間実験室で授業だったり・・・。
そんな事を許す校長もどうかと思うようなところでした(笑)。

もう一つの雪合戦は、今は10cm積もる事の方が稀だし、やってないと思いますが、私の時代は20cmが普通にありました。
で、所詮子供ですから、雪がふると授業どころじゃないわけですよ(笑)。
そういった事も含めて、一度遊ばせてから授業に戻るということをしたんだと思います。

長くなりましたが、ようやく本題に入ります!^^;;。
そして、縦割り班という事をいきなりする事になったわけです。
これは私は小学5年生の時に始まりました。
それまでは、授業内のサークル活動というか、クラブ活動という時間があったんです。
小学校ですから、放課後のクラブ活動というのは同好会です。
つまり、授業で行うという今では考えられない授業がありました。

たぶん、これが教育方針で変わったんだと思います、当時の文部省の方針で。
そこで、うちの学校はクラブ活動じゃなきゃいいということで、「縦割り班」などという時間にしてしまいました。

この「縦割り班」というのは簡単に言えば、一クラス40名強いるわけですが、このクラスの中にだいたい3,4名の班があったと思います。
これをまさに1~6年の同じクラス、同じ班番号の子供を集めて、5,6年生が1~4年生の面倒を見るというものでした。

だいたい24名以下だったと思いますが、これだけの大所帯でも低学年、中学年は高学年の人に緊張したりしてましたが、次第に打ち解けていき、ある種の共有空間を作っていきます。

ただ集まるわけではなく、そこには当然目的が存在しますが、基本は集まった人たちで決めます。
例えばカッターで鉛筆を削ったり、竹トンボをつくったり、縄跳びを教えたりなどなんでもいいのです。

高学年が先頭に決めたところ、低学年の希望をかなえようとするところ千差万別、それでもよかったのです。
いい加減っちゃぁいい加減??(笑)。

この縦割り班で印象に残っている事は、高学年には「不良」といわれる存在も当然いました。
彼等、彼女等は初めは嫌がって逃げたりしてましたが、時間がたつと言葉では「面倒くせぇ」「んっだよ」とか言いながら低・中学年の面倒を見出すのです!!。

これは意外な一面を見たと同時に、こういった人達は責任を与えられるとこなしたい欲求があるのだと気が付きました。
まぁ、もともと面倒見がいいという性格だったのもあったと思いますが、それだけでは説明ができない現象だと思います。
なんせ、ほぼ100%の不良といわれる人が変わったのですから。

またいじめっ子=不良という事もあったのですが、つまりいじめる方も年下を面倒みると変わるという事もわかりました。
これは小学校だから有効で、中学ではおそらくダメでしょうね。
その頃には自分に嘘つける知恵つけてますから。

これを二年間おこなって私は卒業しましたが、翌年からなくなったと聞きました。
校長が変わったのか、それとも教育方針にそぐわないなどで市か都か国が勧告を出したのか、それは不明ですが、私は都の教育委員会あたりが怪しいと思います。
なんせうちの学校はとにかく珍しい学校ですから、他ではやってないことを平気でやっていました。
となると、市はうるさくないですが、確か当時は都がうるさく、PTAなどの力が強かった時代です。
ま、これも今となっては想像でしかありませんが^^;;。

今思い出しても、同じ世代でこの話をしても信じてもらえなかったり、場合によっては嘘つきまで言われます。
それもしかたありません。
想像ですが、うちの小学校の校長はもしかするといろいろ規約違反、つまり行政と闘っていたんじゃないか?
と思えてしかたないのです。
これは、同じ市の小学校と比べても明らかに逸脱した事が多く、それは「うちの学校だけ」という事が多いのです。

小さい時は気がつかない事でも、大人になって考えたときに、もしかしたら・・・、と思った次第です。

もし記憶が間違ってなければ、私の卒業後の翌々年に校長が代わったはずです。
それからいろんな事がなくなったと聞いてます。
これらが関連あるのか、ないのかはわかりません。
しかし、個性あふれる先生に出会い、いろんな経験が少なくとも今の自分に存在してます。

そして、この縦割り班という制度は失敗だったのかと思ってしましたが、どうもそうではないようですね・・・。
もし、これが国単位で行われるなら、私は賛成したいです。
子供の社会形成に悪い影響がでるとは考えられませんから、経験上。
もっとも、嫌われる制度でもありそうですけど・・・。

  1. 2007/11/19(月) 11:46:49|
  2. 子育て|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:2

尽くせる手立て

拉致被害者家族 ヒル次官補に直談判も強い失望感

まず、拉致に関しておそらく日本人共通と思えることは
1.一刻も早く被害者を帰国させ、完全解決して欲しい
2.テロ支援国家の解除をしてほしくない

特に1.に関しては異論はないはずだ、一般的な国民は。
あえていうと、政治家はどうだかわからない節があるので除外したい。

そして問題の2.だ。
日本にとって解決の糸口につながる重要な問題だが、アメリカにとっては駆け引きの道具ということだ。
つまりアメリカにしてみれば拉致より核なのはもともと明白であり、日本独自の問題をアメリカに頼って欲しくないわけだ。

そもそも、拉致を6カ国協議で取り上げた際に二国間で解決といわれている。しかし、それが出来ないからアメリカにお願いしてるわけである。
ブッシュはそのあたりの経緯がよくわかっているので多少日本に色目使いしていたが、おそらくブッシュがやめた後の大統領は対日本政策となるので、拉致は存外に扱われるだろう。

そもそも「日本」という”国”がどうしたいのか?
軍備を持たず、派遣せず、子供が親を頼るように泣き言をいってるにすぎないとアメリカは思っているのではないだろうか?
まだ安倍さんは踏み込んだ発言により、アメリカも「じゃ、手伝うか」という雰囲気だったが、今は特措法が延長されなかった事も絡み、「んだよ、何もできない日本なんかしらね」と拉致もへったくりもねぇというのが感情であるのではないだろうか?

つまり、2.に関していえば、今後解除されなくても”もう解決の糸口”ではなくなった気がしてならない。

そうそう一つ言っておきたい。

私は拉致を解決して欲しいので、評論だけしたいわけではない。ただ、物事に順序を求めているに過ぎず、今回の出来事を考えた上で解決策は何か?。それを書きたいだけである。


というわけで、アメリカ頼りは今後は期待できそうもないという結論が自分の中で成り立つ。
ただ、それでもアメリカとの交渉を継続し、もし利用できそうならば利用できる道は残しておくべき事柄であろう・・・。

さて、ここからが日本人の考えが重要であり、かつ価値観が違うための”解決方法”を考えよう。

無茶、ありえない、嫌だ、そういったことも含めて考えうる方法を書くと
1.今まで通りに根気よく交渉のみ行う
2.国連で軍を作ってもらい、奪取すべく軍事行動にでる
3.自衛隊により軍事解決
4.解決をあきらめる

まぁ、どれをとってみても嫌なものである。北朝鮮がおとなしく解決してくれればいいんだけどね・・・。

さて、1.で仮に解決できたとしていつの事だろうか?
私はこれでは解決できないと考えている。
圧力に屈する国ではないからだ。

次に2.は中国やロシアがいる以上、この決議が通る事はないだろう。
というか、ロシアなんか抑留した経緯を正当化したいし・・・。

4.は家族会が存続する限りありえないし、私は”早急に”解決して欲しいと願う以上選択肢として自分はない。
ただ、他の人でいるかもいれないから書いた。

となると、一番確実で現実的な事はどう考えても3.だ。
もし他に解決策があるなら教えて欲しいと思う。
何も最初から戦争しろとはいわない。
せめて諜報機関をつくり、潜入してから詳細な生き残りを調査・把握してからだと思う。
想定被害をシミュレートし、どれくらいの犠牲が必要か考える事がまず先だろう。

その上で作成をたて、見事奪取する事ができればいい。
被害は少ないに越した事はないが、自衛隊や諜報部員が被害ZEROというのは考えにくいし、ミサイルが東京に落ちる可能性もある。
そういった事を踏まえた上でなお3.が早急に解決できる道筋であろう。
これならばアメリカはMDの実験場として日本に協力するだろう。

では、そうまでして解決する必要性はあるのか?
自分自身、もしくは親・兄弟、夫婦、子供、知り合い、恋人などを失うかもしれない覚悟を持つことができるだろうか?
日本人の多くは拉致問題は解決して欲しいが、命を賭して取り返す必要を感じてないのではないだろうか?
つまり、口先で「解決」といってみたところで解決はしない。
すでに交渉で取り返せる手立てはなくなりつつあると思う。

ならばどうやって解決をするのだろうか?
個人的に言わしてもらうと、私は自衛隊による軍事解決以外に考えられない。
そして、その犠牲になるのが自分である可能性は十分考慮してもだ。
何故なら、拉致というのは現代社会において国の威信を穢した行為で、それ以上でもそれ以下でもないからだ。
そもそも被害があった時点でそういった行動を取っていればよかったが、できなかった理由もある。
特にアメリカにあったわけだ。
それがあったからブッシュは拉致も核もと言ってくれていたが、次からはもう十分”償った”意識が頭をもたげてくるだろう。
アメリカとはそういう国だ。

だったら自らの力で解決するしかないではないか・・・。
ただ、できれば本当は1.でお願いしたい。
それが閉ざされた以上、3.もありうると見せかける必要もあるだろう。

私は拉致問題を一時の猶予もなく解決して欲しいという立場だ。
悠長な事をいって、被害者も被害者家族もいなくなっては意味がないと思う。

確かに戦争をしかけるような事はしたくないし、してはいけないと思う。
ただ、過去の歴史において正当化するのは「自衛の戦争」しかありえない。
もし、戦争をせずに解決できるほどの腕前をもった政治家や官僚がいるなら、とっくにそうしていただろう。
そんな人材はいない

いみじくもここ数年で証明されてしまった。
いない人材を待つ猶予はなくなった。
さて、どうするべきか?

考えてみる必要を感じている・・・。

  1. 2007/11/16(金) 11:46:08|
  2. 自民党|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

医者は悩むのが仕事

【コラム・断】睡眠薬のむずかしさ

仕事に関して悩まない事はありえない。
私達IT関連だって、コンピュータを扱っていても、実際にはそのコンピュータを扱っている人を相手にしてわけで、人と接する以上は悩みは仕事うちだ。

しかし、医者が悩まなくなったら医者ではない。
どんなに権威や腕をもってしても悩むはずであり、最適な方法を導きだすために努力してるわけである。

それを見せてはいけないという難儀な仕事でもある。
医者が悩み苦しんでいる姿は不安を覚える。
中には一緒に考えてくれていると感じる人もいるだろうが、普通はそうではないだろう。
つまり、仕事としては本当にシビアかつ人格者でなければならないのが医者だ。
彼らは命を扱っているので、半端な気持ちでは本来できないはずだ。

しかし、現実には人を見ずに技術に走るもの、お金の魅力に取り付かれた者などが横行してるという。

ところが今回のコラムでは悩んでいる。そして、その悩みにどう対処するかを患者に求めている。
これはこれでいいのかもしれないが、実際に患者が目にした時はショックであろう。
そんな事を求められても・・・。

私もよく医者にかかる方で、風邪をひきやすい体質で、年に数回医者に行く。
最近は症状がいっぺんに出るようになり回数が減ったが、バラバラに出てる時はその都度行っていた。

それとは別に、数年前に謎の膝痛が続いており、いくつか医者にいったが原因がわからなかった。
そして、MRIのあるところに行き、結果的に半月板損傷と判明し、内視鏡手術をした事がある。
原因がわからない時は当たり前だが不安でしかたない。

そんな時にMRIに行く前の医者はこんな事をいった。
「残念ながら自分のところの医療器具ではわからない。もっと大きい総合病院をすすめます。」

これは自分の限界を認めたことであり、なかなか医者ではできることではない。
また、私はこれで思い切ってMRIを受ける気になったが、私じゃない誰かは逆に不安になるかもしれない。

そういった悩みを常にかかえているから医者は尊厳や地位があるのだ。
よって、コラムのような人は医者としては当たり前かもしれない。
少なくともお金に目を向けている医者よりは信頼できるだろう。

前回の記事でも書いたが、医者本来の仕事すればするほどお金が離れていく仕組みを日本医師会は改革すべきことである。
それができないなら解体して欲しいと切に願う。

  1. 2007/11/12(月) 10:47:38|
  2. 小言|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

そろそろ医療にメスを

【主張】混合診療 患者のため改めて議論を
舛添厚労相、「混合診療」訴訟で控訴の意向

混合医療をした事で、全て自己負担というのは、実は医師会がとりたい立場だ。
もし仮に自分が医師会の立場ならそうしたいと望むだろう。
その一番の原因は保険適用外の薬が原因かそうでないかがの判別が難しい、またはできない場合が多いと予想できるからだ。

だったら初めから適用しない方が合理的、かつ責任を患者に押し付ける事が可能だからだ。
また、最近は何かと訴えるケースも多く、医療関連の弁護士も少しずつ増えてるという。

また混合医療を完全解禁した場合、記事にもあるように
>、「高額な医療行為で利益ばかり追求する医療機関も出てくる」
可能性は大だ、はっきり言って。
認めていないからこそ、適用できる薬でなんとかしようと努力する医者もいるし、それによる絶望もある。
しかし、完全解禁となれば、適用する薬でも完治できるが、適用外しかないような曖昧な説明で高額医療が可能になる。

実は混合医療に関して解禁する事も大事だが、それ以前に厚生労働省と医師会がつるんで、適用できる薬が少ない事を知らない人が多いと思う。

昔聞いた事のある言い訳でこんな事があった
海外で有効である薬が日本でも有効とは限らないし、人種の壁もある。まして、それにかわる薬が全くないわけではないから臨床試験も必要ない
という見解だ。

人種の壁ってなんだ?
と、その時に思った記憶がある。白人に効いてアジアの黄色人種には聞かないのか?
同じ人間だぞ(笑)。

また、海外で禁止した薬剤でも日本では禁止されてないものなんて知らないだけで、実はかなりの数があるそうだ。
薬害でHIVとC型肝炎が今は知られているが、そういった禁止した薬を売ってしまう事の重大さも認知されていない国だ。

私は別にアメリカ万歳、追随しろとは言わない。
が、海外とあまりに薬のレベルで違うのは正直疑問だ。
確かに日本独自で試した方がいい物もあるだろうが、実績認定していいものもあると思うからだ。

この実績認定されない薬が混合治療の根本の原因なのだ。
ここにメスを入れずして全面解禁は正直不安だ。
しかも、助かる命が助からないケースに何故声をあげないのか?
それは厚生労働と医師会、薬剤界、そして族議員がいるからだ。
患者は金儲けの”道具”でしかないという事は明々白々ですから、反骨ドクターを探す必要が今後あるかもしれない。

それくらい医者の地位は落ちた。
これは政治の責任が多少なりとあるはずだ。
それから日本医師会にそろそろ本気でメスを入れて欲しい。
あいつ等はダニだ。
いや、一部真面目な人もいるが、信用おけない人の集まりだ。
その根拠は説明がいつも威圧的、かつ非合理なのだ。

まぁ何でもかんでも適用されれば、保険負担が増え増税になるが、どうでしょうか?
一年で100円負担が増えるくらいで適用できる薬が増えたほうが安心できませんか?

個人的に防衛で余った予算から、福祉・医療、さらに余った予算で公務員などの給与に割り当てて欲しいです。
税金の使われ方に疑問といされているかたに、どういった順序でどういった使い道なら許せるか、そろそろ考える時期だと思います。
医療に関しては、ERPや産科不足などの問題が実は山積みです。
くだらない小沢の茶番を流す時間があれば、問題を”正確に”流す報道機関が期待されます。

  1. 2007/11/09(金) 10:50:42|
  2. 自民党|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0

【浮世離れ】新しい命の誕生

先週の木曜日に母子ともに健康であるため退院となりました。
そして、金曜日に市役所にて登録をいろいろとしてきました。

出生届を出した時に、職員の人に
「この度はおめでとうございます」
と言われて、ちょっと照れくさかったですが、やっぱり子供が生まれた実感を感じます。

それと共にやはり責任を感じます。
また、上の子のケアを考えると、仕事していても、お袋にお願いしていても気になります。
約一ヶ月母親と違う場所にいるために、どうしても可哀相に感じます。

幸い、上の子も赤ちゃんを見て、新しい命の誕生を実感したらしく、嫉妬は多少消えたようでした。
ただお世話をしたいようですが、そこはやっぱり限度があるわけで、出来ない事にいらだちをおぼえるようで(笑)。
女の子なのでしょうね^^;;。

ただ、このところ公園も天気と都合が合わず、あまりいけていないし、遊園地も連れて行きたいし、カラオケも連れて行ってあげたいし、でも母親とあわせてあげたいし・・・。
もういっそのこと仕事やめる?
なんて悪魔の囁きと闘う日々です^^;;。

現実的には来年3月までと決まっているのですが、やっぱり長く感じてしまいます。

今は実家から通ってるため、往復で約4時間の通勤時間で、逆に自分がまいってしまいそうです。
もともと通勤が嫌いで勉強してきたため、できるだけ45分圏内で今後は探すのですが。
やっぱり夕食に子供と食べれない環境はなんとかしたいです。

昨日、今日は朝20分くらい、帰って一時間くらいしか相手ができません。
これでは子供にいい環境ではないですね!

そういえば来週は幼稚園のプレ入園の申込書を取りにいくのですが、プレ入園って何?って思いませんか?
実は入園前の見学会みたいなものをするのです。
それをすると、してない人より優先権があるんですが、朝から並ばないと取れないらしいです^^;;。
昔のガンプラを並んだ事を思い出します(笑)。

そして、子供は半端なくおしゃべりでうるさいです^^;;。
人と接する機会を多くした結果でしょうと前向きに考えていますが、たまに「うるさ~い」って言ってしまいます(笑)。
子供にしてみれば、コミュニケーションがとれるようになった嬉しさがあると思うのですが^^;;。

今のところすくすくと成長し、病気もせずにいます。
下の子も同じように成長して欲しいと思います。
が、いかんせん男の子だけに、夜泣きや癇癪が心配です。
かみさんが持つかどうか・・・。

やっぱり私はマイナス思考からプラスを見つけるタイプのようで、心配性なのに楽観主義という変な生き方のようです(笑)。

  1. 2007/11/06(火) 09:46:28|
  2. 小言|
  3. トラックバック(-)|
  4. コメント:0
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。