じゅぁきのディープゾーン

NEWSからみた、一般的な生き方をしてる疑問点などを提起したり、逆に考えた結果など。 ちなみに文章になるとかたくなるのは、年齢的なもの?(笑)。

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ゆとり教育?って結局・・・。

【正論】八木秀次 「ゆとり教育」見直しは可能か

参考ブログおよびURL
ゆとり教育で学力が向上した~逆風を追い風に変えた京都の教育改革
んー、9月入学に反対するのは誰か+徳育について

ゆとり教育成功の記事
ゆとり教育で学力が向上した~逆風を追い風に変えた京都の教育改革

そもそもゆとり教育って何だ!?
と疑問を持っているのが今の偽らざる自分である。

結果的に京都の例は一般が認識してるゆとり教育ではない。
また、地域社会との連携もあり、これが本来の”教育”であり、また教育委員会の姿ではないだろうか?

そこで文部科学省の「ゆとり教育」というのはどういったことだったか?
今までおこなってきた授業を減らし、総合教育を増やした。
そして、その授業では各教育機関や学校などの裁量にまかせ知らんぷりだったわけである。

一応名目は「個人の持ってる力を伸ばす」「詰め込まずに考えさせる」というものはあった。
さて、その結果がこれである。

こんなのは方針でも何でもなく、自分たち大人のサボリ要件以外の何物でもない。
そもそも個性は伸ばすものではない。勝ち取っていくもののはずだ。
だいたい大人が勝手に「この子の個性は○○」とか決めるなんて、それこそ子供に価値観の押し付けではないか?

何故詰め込みがいけないのか考えていたのだろうか?
仮に受験を否定するならば、完全になくし、フリースクールに全ての高校をするべきだ。
中途半端な小手先でやるから問題になる。

ま、愚痴はこの辺で終了(笑)。

そこで京都の事例である。
ここは与えられた”時間”をいかに有効に使うかを学校・委員会・市が一丸となって考えた、議論した。
さらに地域まで巻き込み、近隣の人が協力する事で成り立たせている。
つまり、自分勝手な事をしてない。

自己主張とわがままの違いがわかっている人達

が行った結果としか思えない。
疑問も白熱はしたが、”誰のため?”という出発点を明確に意識していたら収束したとインタビューで答えているように、本来の教育者の姿がここにある。

そこで、文部科学省の体たらくをうまく利用すれば確かにここまでできるという事例である事は私も認めるし、できれば右へ倣えでも効果はあるだろうが、つまるところ自分(親ね)がどこまで協力できるかが大きな鍵になってしまう。

また、教育のばらつきが生まれてしまい、格差ができてしまう。
そもそも均一の教育は望むべくもないが、ただ最低限の教育は欲しい。
学校と家庭と地域というものに一定の価値基準がなければただの空論にすぎなくなってしまう。

そして記事のこの部分
~~~~~~~~~~~~~~~抜粋~~~~~~~~~~~~~

例えて言えば、教員はかつては役者だけやっていればよかったが、今や脚本家や演出家の役割まで求められているのだ。だが、これは個々の教員には酷なことだ。そのことが近年の疲弊感・焦燥感の高まりに繋がっている。

~~~~~~~~~~~~~抜粋終了~~~~~~~~~~~~~
これが問題の根底にある。
教師の質もさることながら、私自身も何度か書いていたが、教師の教える範疇の肥大化が問題である。

今後一番おそれるのは医療や教師がダメ人間の巣窟になることである。
警察もそうだけど、一般生活において、安心・安全は重要なファクターであることは誰も反論はしまい。

そして、バブルの後にはそういった事はお金で買う時代と言ってるではないか?
ならばこれらに税金を使い、その他は余ったら使えばよい。
場合によっては議員の削減だってかまわない。

自分たちが何も犠牲にならずに手に入れることだけを考えていては決して解決はしない事案が多すぎて、考えても鬱になることばかりである。
もっと国として細かい事は後からついてくるとして、何をもって優先・主柱にするのか考えて欲しい。

とてもじゃないが郵政なんて後回しの事案だ。
未来は自分たちで決めるのであって国会が決めるのではない。
せめて邪魔しないで欲しいと願うこの頃である・・・。

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  1. 2007/03/30(金) 13:21:52|
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「自由と繁栄の弧」を広めたい!!

元になったIZAの記事
【正論】中西寛 日本外交の画期なす日豪安保宣言
【地球随感】「価値の外交」と落とし穴 矢島誠司

「自由と繁栄の弧」の内容と説明ページ(リンクのみ)
「自由と繁栄の弧」をつくる
日曜日の用語解説:「自由と繁栄の弧」

まずは自由と繁栄の弧というものがどういったものかは上の二つを読むとわかります(よね?^^;;)。

そこでIZAの記事に目を向けると、一つは豪州との安全保障、一つは「価値の外交」に関してなわけです。
つまり環太平洋は日米豪でしっかりしたわけで、それ以外にも目をむけようというのが最初にあったんでしょうね。

そこで麻生さんGoodJobばかりしてます♪
“自由と繁栄の弧”と麻生外相発言
もう米国には騙されないぞ!
奇跡の女神はDemeter

基本的に「自由と繁栄の弧」は非常にすばらしいものと思います。
また、日本だからできるという説得力も強く、報道2001で竹村さんが「日本のODAで発展したケースが多いから、ウクライナなども入れて欲しいといってきた」という事からも信頼されているようです。

しかし外交なわけで、そこには戦略があるわけですよ。
「悪意のある隣人と、無理に仲良くする必要は無いだろう」

ま、一言で言えばいちゃもんつける国にばかり目をむけても意味ないし(笑)という事だ。
今日はなんて他人任せ♪<というより見つけたブログが素晴らしい(本音)

当然中共や朝鮮、それからロシアはむかっ腹たてて、これみよがしにケチ付け出してます。
逆に言えば、それだけ日本の国益に沿ってるという証明ではないでしょうか?

ここでの注意点は、当たり前すぎるけど、相手国を卑下し日本が正義の刃を振り回さない事だ。それでは米と同じ失敗をする。
相手国を尊重し、そのケースに見合ったやり方でやってあげる事だ。
実際、イラクではできたではないかと思うし、あれも結果論になってしまうが、派遣した事で評価があがったと思う。
私は派遣反対だったから、あまり言えた義理ではないが、あえて言い訳させてもらうと
まともな装備もなく、死ぬために行くような事が反対だった。
それからハイパーレスキューでもいいと思っていました。
ま、国際レスキュー隊を作って欲しいとはいまだに思ってますが^^;;。

とは現実は自衛隊であり、その自衛隊が認められたという事はやっぱり嬉しいわけで、こんないい副作用があるとは想像もできなかったですね。

さて、この戦略は麻生さんだからできたとするならば、今後はできれば麻生がずーーーーーっと外務大臣でいて欲しいとか思っちゃうわけですよ。
実は安倍さんが総理になられた時にも願っていましたから^^;;。
これで麻生が総理になっちゃたら、こういった外交もどうなるか心配だし、麻生さんに次ぐ人材っています?(笑)。

現在、南京大虐殺や従軍慰安婦などという捏造された情報が飛び交い、心苦しい限りですが、そういった事を封じ込めるためにも「自由と繁栄の弧」を広めて、見方を多く作り、捏造する国なんだよ、あそこは人権もない国なんだよと本当の事を教えて欲しいのです。

麻生さんが吉田茂の孫だなんて最近知ったのですが、小泉さんの頃から好きな政治家でした。
本当によろしくお願いしますm(_ _)m。

  1. 2007/03/28(水) 15:42:59|
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しっかり釣られたよ^^;

【コラム・断】最後の暴論きいてくれ

これは暴論と言わん!!

書き方の問題で、書いてる事はまともすぎるくらいまともだ。
何が暴論だかむしろ突っ込みたいくらいだ(笑)。

それよりも、これってどうなんだろうと思うのが↓
落ち着かない新1年生…5月にクラス編成の学校

いっけんすると、あ~なるほど~と思うのだけれど、よくよく考えればこれって親が親の躾けをしてない事が起因なのか、それとも幼稚園に起因してるのか?
そこが今ひとつよくわからないが、結局のところどちらもケース毎に強弱はあれ、要因なのだろうか?

まぁ、子供だ。
いろいろ昔だっていたんだけどなぁ・・・。
そんなに大人が気を使わないとダメかな?
もうちょっとこう・・・、で~んと構えられないかな?

だいたい体罰と懲罰の違いがわからん親も先生も多いか・・・。
さすがに馬や牛と一緒にはしないが、場合によっては自分の人生をかけて子供に手をあげる必要がある時だってあると思うが・・・。
そうならない努力は親には必要だが、時代や世代間というギャップが埋まらない事で、なくしてはいけない人としての心がなくなりかけているならやっぱり、ねぇ・・・。

おっと話がそれた^^;;。

最近はなぜ昔の教育はそれなりに行われ、現代はなぜかくも虚しい情報ばかりなのか?
それはやっぱり文化からくる価値観でないだろうか?

そりゃ、男尊女卑バンザイっていってんじゃないし、時代錯誤という事も考えているけど、もっと根本的なことから考えると、だいたい子供の年齢によって基準があった。
ただ、いつのまにか基準がありきで、その基準外を阻害し認めないからおかしくなった経緯はあるが、でも目安になっていたし、それとは違う基準でも認め合えれば悪いとは思わないけどなぁ。

少なくとも3歳でオムツをとれるように訓練し、幼稚園に入る時にはトイレでするようにする事が一般的だと言われていたけど、今は幼稚園の保母さんにお願いする親がいるという。
家での躾で、家の事を手伝わせるというのがあるが、子供のなんたらで今はいけないらしいと聞いて愕然した<もっとも一部が言ってただけだったけど^^;;。

一昔前は確実に、親による共通の価値観が存在してた。
だから子育ても画一的でありながら、決して個性は消してないし、その方が子供は個性が消えないと思うようになった。
変に個性を伸ばすとかプレッシャーを子供に与えている事の方が問題あるんじゃないか?
反骨精神が生まれないんじゃないか?
最近はそう思うようになりました。

しかし、子供社会の狭い環境でやっぱり一人だけ違う意見を持たせる勇気がもてない。
こういっては何だが、自分が辛いのはまぁまだいいが、子供が自分のせいでつらい思いはさせたくないとどうしても思ってしまう。
だからといってまわりが躾けないから自分も躾けないということもできないジレンマが正直今からある。

10年ほど前は子供を欲しくなかった時期があった。
どう考えても自分の子供は幸せになれないんじゃないかという漠然とした不安があったから。
でも、それでも結婚して、かみさんが子供が欲しいという願いを自分の願いにして授けてもらった。

余計にかわいいんですよ、我が子って^^;;。
いや、ネットじゃくて実際に会う環境なら見せたいくらい(笑)。
ネットで公開するほど愚かではないので出しませんが。

ただ、あの頃は漠然とした不安が徐々に形になって現れてきたんだと思うと怖いです。
しかし、かみさんと協力して乗り越えるしかないんですよね?。
頼るつもりは毛頭ないが、話に耳を傾けないつもりもない。

結局のところ地域社会というものをいかに自分たちのものにして、自分だけでなく、自分にかかわる子供達も人として扱うようにしないといけないか感じてしまいます。

前にも書いたように、先生より同級生の親に気をつけろ!!
この言葉がだんだん不安から苦悩に変わる日が近づくんですね・・・。

  1. 2007/03/27(火) 15:31:26|
  2. 教育|
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私が使っているDVD・HDDレコーダのお気に入り機能

私のうちにはSONYのすご録があります。
でも、買ってまもなく1G容量のものが・・・。
まぁ、結局画質を多少落として繰り返し録画にしてれば不憫はありませんが(笑)。

お気に入りの機能はなんと言ってもおっかけ再生!ですよ。
今まではビデオの録画時間は他のビデオ見れないとか、せっかくの時間が無駄になったりとか・・・。

それが、多少の遅れとか、または録画中でも他の録画したものを見れるなんて最高ですね!
古くはVHSやBETA戦争がありましたが、あれだってVHSが普及するのわかってたから買ったけど、できればBETAがよかったと今でも思うけど、結局のところ自分がいないから撮るか、保存しておきたいから撮るわけで、追っかけ再生なんて夢にも思ってなかった。

おかげで時間が有効に使えるようになり、特に子供がいる現在は本当に助かります。
かみさんもこの機能はお気に入りだと思います!

そういえばCMのスキップ機能ってあるんですか?(笑)。
あるなら欲しいと思うけど、スゴ録にあったかなぁ?
マニュアル読むか^^;;。

  1. 2007/03/27(火) 09:36:21|
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「まっすぐ正義君」の怖さ

ゴーマニズム宣言3巻における「まっすぐ純粋君」という表現は個人的にうまい事をいうなぁと思いました。
ただ純粋というより、私は正義を表に出しているように思えてちょっとだけ変えて「まっすぐ正義君」といってます。

では「まっすぐ正義君」とはどんな人物像でしょうか?

1.自分の都合のいい事にしか耳を傾けない
2.そこには合理性や論拠はなく、全て感情のみ
3.やたらと弱者という言葉を使う
4.自分に反論する人は非正義であり、我こそは正義という事を言う
5.人の気持ちという事を言う割りに、反論する人の気持ちにはなれない

こんな感じですかね?

例えば従軍慰安婦に関して言えば
「弱者の気持ちを考えると」「強制されたと言ってる人がいるじゃないか!」「そこに正義はあるのか!」
などを真顔でいえちゃう人?

私はあくまで経験上ですが、何かと弱者と言う人を信用しません。
本当の弱者にそういうのは問題ないですが、なんか自分と違い、また社会的な立場が”よわそうと思われる人”を弱者と決め付けている人がいるんです。

実は私は障害者自立支援法において、確かに弱者という書き方をしました。
その最大の理由は

収入源の保障もなく、障害者というだけで就職ができない、また就職活動すらままならない人から一律1割負担を国から搾取されるのはおかしいから

です。

例えば自分自身で苦労しながらも就職ができ、また通勤が可能な人はいいほうです。
彼等から収入に対して課税されるのは一向にかまいません。
しかし、たいていの場合は違う人です。
誰かの介助がなければ外にもでれず、場合によってはトイレすらいけないんです。
また、知的障害者は作業所というところで働きます。
しかし、働く事が目的であり、そこに生産性はありません。
それでも、少しでも人間性を持たせたいがために通っているんです。
なのに親が負担してる現状はいったいどうなってるんでしょうか?

そういった人たちを私は弱者と書きました。
生存権を剥奪しかねない法案に対しての弱者です。

しかし、「まっすぐ正義君」はどうした事か、弱者の理由をいいません。
「常識・当たり前・考える必要性もなし」と決め付けています。
おいおい、それはないだろう?
本当にその人が望んで弱者なのか?
それとも自分が決め付けているのか?
その違いも説明しなくていいのか?

と、疑ってしまいます。
正直言えば、自分も”弱者”と書いてる時には自分に疑問がありました。
本当に彼等・彼女等は弱者なのか?
それでも書く事に踏み切るのに悩んで、自分を納得させて書いてます。
後は受け手に任せようと・・・。

価値観が違うのはもっともで、だからこそ相手の話をよく聞き、そして勉強して、お互いを認められるように話し合う必要があるのに、最初から切り捨てゴメンの辻斬りよろしく、耳を傾けもしない態度。

また戦場娼婦の場合は「強制連行された証言があるじゃないか!」というが、証言が全て正しいわけじゃない。
証言には根拠となる物証が必要だ。
まぁ、これに関しては多数の人が精査してるだろうかもう言うまい。
しかし、精査もせずに自分の都合でゴリ押しをする。

”人でなし””悪魔の所業””淫獣”などなどのレッテルをはる事にひたすら邁進し、決して自分の意見が正しくないと認めない。

果たしてこんな事でいいのだろうか?
自分の意見の中に埋もれ、同じ意見の者をまるで同志のように慕い、はみだしたら裏切り者扱い。

確かに一つの生き方です。
それは認めるけど、それだけでいいのかと問いかけたい。
そこに自分の考えるスペースはなくていいのか?と。

これって正義の行動だから、自分が世直しするのに他人を殺してもかまわないって発想と同じなんだけど・・・。

日本の漫画が世界でたくさん読まれているのはもうご存知かと思いますが、その一つの要素に”正義の安売り”がないからだと私は思います。
海外で人気が高いマンガは次の要素があると思っています。

1.成長物語である
2.正義はどちらにもあるからこその悩みがある
3.力が全てではないが、力がある事を認めている

だから人は主人公や脇役に感情移入し、一緒に悩み、自分だけの答えを求めようと考え始める。
勧善懲悪で、子供でも理解できる漫画だけだったら決して日本の漫画は世界に羽ばたく事はなかっただろうと思います。

しかし、不思議な事に「まっすぐ正義君」が実は若者ではなく、30代後半から40代に多いという話を聞いたけど、何故だろうか?
一つはネットによる情報の収集がなかった世代という事があり、やっぱりTVの影響は大きいという事だろう。
そして、バブルを経験しているので楽(らく)したいのだ。
大して働く事もなく儲かった時代が確かにあった。
だから、バブルにしがみつけない今、自分をさらけ出す事もできない、人が言ってる事で都合よさそうな事に飛びつきたい!

その結果が「まっすぐ正義君」か宗教となる。
何故自分はならなかったのか不思議だった。
今思えば24,5歳の頃はかなり「まっすぐ正義君」に近い考えで、廃頽の美学に溺れ、「どうせ人間なんて地球を壊して滅びるんだ」と本気で考えていた時期がありました。
だから我に正義アリ!!
って考えがありました。

ところがいつ頃からだろうか?
やっぱり一番のきっかけは自分に正義があると相手を責めて、45,6歳の部長が最後に泣くまで責めちゃった事がきっかけでしょうか?
それ以来考えるようになっちゃいました。

もともと宗教が嫌いだし、人の話は聞くようにしていた事もあったのですが、結論がいつも極端に「意識改革」や「価値観」というもの行き着き、なんで認めてもらえないのかがわからなかった時期があった。
しかし、まずは相手を認めてから話をするという当たり前のコミュニケーションから始めたいと思うようになり、また歳を重ねる事でえた経験を生かしたいと思うようになってから、同じ考えでも認めてもらえるようになってきた。

そういったことからも「まっすぐ正義君」にはぜひ、苦しんで、悩んで、不安になって、そこから這い上がってもらいたい。
人間性を疑うのはなく、人を疑ってもいいから、自分を疑ってもいいから自分だけの意見を見つけて欲しいと思う。
特に不惑を間近にしてる人、不惑を過ぎた人は考えて欲しいと思う。

  1. 2007/03/26(月) 17:41:25|
  2. 東アジア|
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子供は産まれるじゃなく授かるもの

今回は持論のみの展開をしたい。

つまり、違うと思う人もいるだろうし、それを正そうなんて考えは全くなく、同意してくれる人がいればいいなぁ~と思うだけである。

まずは書こうと思ったきっかけはTV番組をちょっとだけ見た事から始まる。
最初は卵子の冷凍保存技術についてだった。
宮沢りえがナレーションしてるTBSだったと思う番組で、今は治療できなくても将来治療が出来、その時に子供を持ちたいと思ったらできる可能性にかけたいというものだった。

血液の病気により妊娠が現在できないという事から白血病?
そこらへんがわからないけど、彼女は
「高校生で何年か病気と戦い、しかも打ち勝っても子供が産めないなら将来がない」
「なんで普通の夢すらもてないのか?」
そうインタビューで答えていた・・・。

申し訳ないと思うし、だからといってわかったフリはできないから先にそういってしまうが、
子供を持つ事が全てではない
と言ってあげたかったが、やっぱり女性の普通の夢は子供を持つ事である以上、男の私には想像できない何かがあると思う。
これは逃げや、責任逃れと思われてもしかたないが、男が思う子供を持つと言う事と、女性の思う「子供を産む」の違いがどうしてもあるんだと思う。
そこをわかったフリはどうしてもできない。
その苦しみは女性にしか共通にもてないものであろう。
ただ、男として妊娠や出産に関してかかわれるところはあると思う。
だからそもそもの妊娠できない苦しみは理解ではなく、事実を受け止めて”新しい人生”を二人で作ろうとしかいえないだろう。

この番組を見て、非常に感じた事だ。

そして昨日だったと思うが、余命宣告された渡部さんが公演してるという話だ。
ここで、余命宣告された人の公演が高校生や中学生の心に響いたというレポートで、また立ち直った女子高生がいった
「渡部さんだから響いた。他の人じゃダメだったと思う」
という事だった。

これに関しては二つ思う事がある。
一つは本当に余命宣告された人の話だから、それに心が動かされるというのは確かに理にかなっていて、だからこそ命の重さを感じる。
一方で、そこまでしないと今の若い子は想像もできないのか?
という点である。

確かに経験者が語る言葉は「重みと迫力」が違う。
よって受け取り手もおそらくそれに反応しやすいだろう。
しかし、一般論として命の尊さは想像できそうなものだがという疑問もある。
余命宣告されている人に言われないとわからないのだろうか? と。

そして昨日の夜にふと煙草を吸いながら考え事をしてる時に気がついた。
最近のTVでは子供を授かるって言わないなぁ
という事だった。
どこもかしこも産まれるとか産めないとか・・・。
SEXすればできちゃったとか、あまりに軽い考えは”授かる”という意識がないからではないだろうか?

おそらく不妊治療をされている現在進行形の人は実感できると思うが、やっぱり子供は授かりものであり、その結果産まれるのである。

なんとなく作って、捨てていいものではない。
授かりものだからこそ大切で、大事にしなければいけない。
そして、子供は成長する時こそ大事で、甘やかしてはいけない。

そう、子供は授かりものなのだ。
欲しいと願って、さらに妊娠・出産にたどり着くものだと思う。
だからこそ尊く、子供はみんなの宝物なのだ。

その子供が命の大切さを余命宣告された人に言われなければ自殺していたかもしれないという。

その一方で闘病の時に子供がもてないと言われ、一縷の望みを託して卵子を冷凍保存している。

そして”こうのとりのゆりかご”の問題である。
子供を捨てたいという親のためという事もあるが、個人的に言えばこの際そんな親はどうでもいいし、のたれ死んでも”ふ~ん”である。
しかし赤ちゃんだけは保護してもらいたい。

この発想はきっと自分が赤ちゃんは授かりものという意識があるんだろう。
もっと極端に言えば、捨てるような母親、その裏には父親がそもそも悪いと思うが、そんな親に用はなく、また授かったという意識のない親に育てられてもろくな事がないだろう。

だから緊急避難策だけど、やっぱり作るべきだと思う。

当然、赤ちゃんは科学的要素を除けば男女が作る。
その時に欲しいと願って・・・。
しかし、現在の風潮は授かるではなく、妊娠した結果”産まれる”という表現しかない。

私は言霊を結構信じる方なので、やっぱり授かるという表現にして欲しい。
無理強いして意識改革するより、こういった言葉の変革で多少、いやたった一人でもそう思ってもらえれば何よりだと思う。

子供は授かるものである

  1. 2007/03/26(月) 13:47:51|
  2. 小言|
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やさしさといいなりは違うんだけどなぁ・・・。

【溶けゆく日本人】ペット溺愛 寂しさ故の“人間待遇”

気になったブログ
かわいがるといつくしむの違い
寂しさ故の『人間待遇』
溺愛もほどほどに

そもそも犬に衣装を着せようが、結婚式をあげようが私は一向にかまいません。
そんな人の価値観を押し付けられたら拒否しますけど、そうじゃない限りはその人の犬がどうなるかだけの問題です。

ただ気になるのは
でも、ペットを飼う前によく考えてほしい。勉強不足は動物虐待にもつながります。最期まで責任を持って飼ってほしい
このところですかね。
ここを理解してない人って話ではよく聞きます。

最近は子供をペット化なんて話も聞き、どうなってるんだろう?
と思うところですが、結局のところ、こういった話題の根底には常に

自分への甘さ

が見え隠れしてるように思います。

その一番の理由は

1.「私」がかわいいから服を着せる
2.「私」がかわいそうと思った
3.「私」が・・・

いや、もういいか・・・。

つまり全て飼い主が勉強する事を嫌い、自分が思い込むから問題になる。
勉強すればそんな飼い方はないだろうと気がつくし、本当に犬にとっての幸せは何かを考えて飼えるだろう。
勉強する気がおきない甘さ
としか私の価値基準では相手を見れない。

きっとオリバーさんは痛切に思っているに違いない。

そういえばちょっと前にDIKSの友達が犬を飼っていて、その友達が「犬は子供の成長で言えば3歳弱で止まるから寂しい」と言っていた。
もっとも、ふとした瞬間で思うだけで、それ以外はいたって「犬を飼ってよかった」と思っている。
この夫婦にとって子供より犬をとった。
しかし現実的に子供を見ると、一瞬迷うのであろう。
ただ、自分の選択に対してのみそう思うのであって、誰かにどうにかして欲しいわけじゃない。

逆にこの夫婦は犬に関してよく勉強している。
でも、服も着せてる(笑)。まぁ、たまにですが^^;;。
私はそれでもいいと思う。
この夫婦にとって子供の代わりかもしれないが、人と犬の区分けはきちんとついてるからだ。

さて、そろそろ本題に入ろうかな?
え? 本題入ってないの?(・.・;)キョトン
すみません、タイトルのこと書いてなかった・・・。orz

犬もそうだし子供もそうだけど、自分が思う事と、躾は何故必要かというところにギャップが今はありすぎる。
例えば、子供に躾をするのは社会的な順応をするために行うのと、機能を追及した結果でこれがいいとされているものがある。

例えば挨拶という文化。
これはいち早く相手に自分を知ってもらうことがメインだ。
また、挨拶をかわす回数を増やすと話をしやすくなるという機能もある。

例えば箸の持ち方。
正しい持ち方にする事で、食事にストレスを与えないという機能だ。
つかみやすいわけだからストレスがたまらない。

いろいろあるがきりがないので先にいくが、いずれもその子供にとってメリットがあるから躾ける。
じゃなきゃ躾けの意味がない。
躾けも時代が変われば多少は変わるけど、それは社会的なものがかわった場合のみで、機能は追求されていくだろうから、そんなに変わらないけど微妙に変わる事もあるだろう。

子供のいいなりはやさしさではない
という意味はこれだ!

長い歴史の中で培った社会性の順応力をあげてあげること、機能として最大限に発揮できる事教える事、これが子供のためでありやさしさのはずである。

では何故いいなりになってしまう親がいるのだろうか?
簡単である。

自分が傷つきたくない

だけである。ようは自分に甘い。
というわけで、さっきの犬の話とつながる。

自分への甘さ

もうこれにつきる。
何でもそうだけど、自分への甘さが最近の風潮して目立つ。
私は自分への甘さはたった一つしかない。
お金にルーズな点だ!<ちょっと致命的な面もある(笑)。

ただ、うちの母親は自分に厳しく、他人にも厳しい性格で、伯母さんがそうだったからだろうと思う。
一人っ子のわりに、一人っ子と見られた事がないのはそうっいった事からきてるかもしれない。

ところで、相談ってしたりされたりしてます?
実際問題として、私は人にまず相談しません。
別に信用できないとか、人が嫌いなわけではなく、自分で答えを見つける事ができると思っているから。
たとえ時間がかかたったとしても。

しかし今はさすがに相談されなくなりましたが、学生時代は何故かされた。
しかも恋愛関係の相談はされても困るのに、相手にとっては私にすることで何がしかを得るようだった。
ただ、必ずしもそのまま友達関係になるわけじゃない。
場合によっては喧嘩別れにだってなる。
しかし、それでも相談された。

ある程度歳を重ねてから、仲直りしたり、相談した結果を聞いたりしたところ、私に相談する理由は

1.口が堅い
2.ありきたり以外のことを言ってくれる
3.真剣に相談にのってくれそう

という事だったらしい。

口が堅いのは、自分で言うのもなんだが堅い。
だって余計なことペラペラしゃべって何かあったら責任とれないと思うから。
そもそも私は「これは内緒だけど」って言うのが嫌い(笑)。
その時点で内緒じゃないと思っている。
ただ、一応その人が他に話さない限り、もっと言うと他の人に話してるのを実際に見ない限り内緒で押し通す。
これは自己責任の範疇で頑なに守りたいと思っている。
バカと思われてもなんともない(笑)。

ありきたり以外の方はよくわからない。
ただ、相談を受け、考え、そして行動が取れる選択肢を考える。
それを全て網羅できるだけ相手に伝え、「後は選んでね」って言う(笑)。
しかし、自分の選択肢はこれだ!っていうのも言う場合もある。
ケースごとにあるので、どうなったら言うという基準はない^^;;。

こういったことから真剣に悩みを聞いてくれそうに思えたのだろう。
若さだ♪^^;;。

で、何がいいたいかと言えば、選択肢のところで、今、近い未来、遠い未来をきちっと分けて話してあげる。
しかし、今は誰でも理解できるありきたりが多い。
しかし近い未来、遠い未来はその時になってみないとわからない。
私も責任もてない。
しかし、相談された以上はその事を告げ、相手も傷つき、自分も傷つく覚悟で伝える。
じゃなきゃ適当に答えればいい。

確かに自分が傷つく事はエネルギーがいる。
ましてや自分以外を傷つけなければいけない時は生きてれば必ずあると思う。
そこから逃げれば傷つかないけどわだかまりが残って、返って大きな傷口になる場合だってある。

だから自分可愛さで「今傷つく」事をおそれない勇気が必要だと思う。
子育ても、犬を飼うにしても、「今傷口が小さいうちに」自分が傷つく勇気が見受けられない。

一見、今だけ言う事を聞いて、だいたいそういった人は
「あの時に○○が言ったから」
と言い訳をする。<自分の心の中でも含む

もっとも私も聖人君子ではないから、全てにおいて完璧なわけではないし、失敗も多くある。
けど、人は学べるのだ。
取り返しのつく失敗を繰り返して大人になり、やがて一人前になっていく。
だからこそ取り返しのつかない失敗を教え、それを行わないようにするのだ。
そこには傷つけ、傷つけられる事は当たり前のことだと知り、いかに相手を認められるかが人の強さと大きさになる。

と、書いておきながら、実は私は小心者でネガティブな廃頽の美学に一度染まった人なんだなぁ・・・。
それでも、母親の躾け?教育? の甲斐あって、相談にのるときはひとかけらの勇気がもてた事に感謝してます(笑)。

  1. 2007/03/23(金) 17:47:27|
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自分の中で従軍慰安婦問題は決着しました

従軍慰安婦という人は存在しません!

ちなみに”戦場娼婦”という方々はいました。
今で言う売春ですね。
それを生業にしていたたくましい女性の方々です。

証拠は
落ちてたので拾いました。いつまであるかわかりません。
安倍首相「韓国ではもともとキーセンハウスが盛ん」

と、ゴー宣の三巻にいろいろのっていました。

いや~、個人的にはこれでスッキリしたのですが、問題は子供です。
さ~て、その頃には日教組も従軍慰安婦を消してなかったとしてるとアリがたい、ついでに日教組の運営もかわってるともっとありがたい(笑)。

さて、この問題がややこしいのは、韓国が主張してるだけならよかったのですが、何故か日本人がこの問題を大きくしちゃってる。
しかも、その時代の政治決断で河野談話だしちゃってるし・・・。

実は「韓国人から見た北朝鮮―独裁国家のルーツ」という本を過去に読んでました。
これがまた実に韓国(朝鮮?)と日本の文化の違いを如実に感じさせてくれました。
こういってはなんですが、民族的な背景なのか、それともあくまで個人的な一部なのかよくわかりませんが、朝鮮という国はご都合主義が最上位の尊厳と思われます。

この際、朝鮮人を否定する事になっても正直かまいません。
ただ、在日の方々は限りなく日本人であり、在日を韓国・朝鮮の人にはみえません。
だって日本語しゃべるし、価値観の大半は日本的ですよ?(笑)。

なので本国の人のみ限定ですが、強いものには従い、弱いものを徹底拷問し排除しよう!
という気がしてなりませんでした。
ただ、大陸的な中国という強大な国が隣国のため、ある程度はしかたないかもしれないと本でもかかれていましたが、卑屈になりやすいかもしれません。
自分たちが滅ぼされないための必死の選択。
おそらく私達日本人が想像もできないような苦難の道程だったのでしょう。

だからご都合主義が全てであり、そもそも自分たちの文化というものに尊厳がおかれなかった。
そういった風習が今でも根強く残ってるのでしょう。

中国のマネなのか、それとも中国の圧力なのかわかりませんが、韓国や北朝鮮にとって日本の内部で使えそうなネタは食いつく。
そして食いついたら食べつくそうと、日本人を懐柔する。
そんでもって、自分たちの配下か中国へ献上したいんでしょう。

だからといって朝鮮人全てを否定する気はありません。
だって韓国なんて情報がそこそこ開かれているから、実はわかっている若者も多いようです。
しかし言えないんでしょうね。

逆に情けないのは懐柔されている日本人と、その懐柔された情報しか見ようとしない「まっすぐ正義君」達です。
まっすぐ正義君とは、やたら弱者をしたてあげ、それを自分は守る正義があるという邪な信念で行動する人たちです。
いかにも人の心を知ってるかのようにいいますが、そもそも正義なんてこの世の中にないのは周知の通り。
個人が思う正義なんて、形の違う宗教と同じで危険極まりない。

実は従軍慰安婦が仮にいたという仮説から出発すると、これは当時の朝鮮人を卑下しなければ成り立ちません。
そもそも軍が強制的に連行したとするならば、その話は残ってるはずですし、そういった経験を戦後すぐに訴えるはずです。
だって中国が見方にいるんですよ?
こんなネタを見逃すなんて考えられません。
さっきも書いたように朝鮮にとって中国は絶対的な存在です。

しかしそういった事はなかった。
つまり後から作られない限り存在しません。
また、日本でさえ拉致問題の時にこれだけ盛り上がりを見せたのに、朝鮮では一切の盛り上がりがない。
つまり、仮にあったとするならば、朝鮮は朝鮮人は連行時に抵抗してないという事になり、そんな無関心な民族という事になります。

これってどうなんですか?
確かに日本も拉致家族が目に見えない限り盛り上がりに欠けていました。
しかし、拉致された家族は強い絆と、信頼をお互いに築き今日まで闘っておられます。
一方韓国の人々はといえば、一切そういった事はなし。
た~だあった、あったと騒ぐだけ。
根拠もない話を盛り立てて、中国が味方にいるからとやってるのにすぎない。

そもそもご都合主義ですから、疑問を持たない。
感情一直線な事ですから、どうしようもない。

この問題の一番の被害者は日本人と思うのですが、私は未来ある朝鮮人も被害者に思えてしまいます。
いずれこの問題はなんらかの決着は国同士でもつくでしょうが、禍根を残す方法しか現在は選択肢がありません。
となれば、朝鮮の人々にとって隣国は中国だけでなく、日本も敵視しないといけない国なのです。

日本は世界中に窓がありますが、韓国はアメリカともありますが、これだってどうなるかわかりません。
朝鮮併合が必ずしも韓国側になるという保障はありません。
中国がいますから。

彼等は目先の事しかみれないわけじゃなく、見ないようにさせられてきているので、こういった国の風習になってしまった。
逆に日本は未熟なまま大海原に出てしまい、富国強兵が正しい道として突き進んだ結果が最終的に戦争まで突入という事になった。

今さら過去に戻る事はできないわけだから、ここはお互いに大人になって認め合える未来を築かないといけないと思う。
相手がある事だし時間はかかるだろうけど、それでも一歩ずつ進めて行き、本当に未来あるアジアにすることが大事だと思います。

そのためには「まっすぐ正義君」では日本はいけません。
自分の利益と自分を温室に置きたい気持ちも人間ですからわかりますが、それをする事が決して自分のためにならない、そう言い聞かせて立ち直って欲しいとも思います。

  1. 2007/03/22(木) 14:41:37|
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バカ親にバカな子供?

【溶けゆく日本人】子供の成長阻む保身の姿勢
【溶けゆく日本人】“代理見合い”に群がる親 「良縁探し」の実態

私は親の知り合いが持ってきた見合いですが?(笑)

さすがに親同士は見合いせずに、かみさんとお互いに直接会いましたけどね^^;;。
しかも会うペースがトロトロしていたので親を冷や冷やさせたもんです。
ただ、月一回か二月に一回を二年近く続けてこられたから結婚しようと思ったわけで、そうじゃなきゃしなかったかも^^;;。

それにしても親同士がって凄すぎるよ実際・・・。
結局のところ自分で探す努力をしてないっちゃー自分も同じで、何気に
誰も相手にしてくれないって決め付けていましたから^^;;。

見合いは結局4回目の今のかみさんまでですが、何にせよできたから言うけど、やっぱり積極性は大事かもね^^;;。
全然奥手で待ってばかりの人生でしたけどね・・・。
それでもできたという事はやっぱりがよかった面を認めますが、それ以上にがっついてなかったからかもしれません。

実はこれでダメだったら結婚相談所に本気で入ろうかと思ってました。
一応というか結婚したいなぁとは思っていましたが、そのための段取りがねぇ・・・。
恐ろしく待ち(爆)。
だからあまり言えた立場ではないですが、恋愛結婚した人はそれだけでちょっと尊敬します^^;;。

だからといって常にアンテナはって自分の好みを追っかけるわけでなく、誰でもいいわけでもなく、当たり前ですが、すぐに離婚してもいいからっていうのはどうかと思いますけど・・・。

なんにせよ、子供が一人いるし、もしかすると二人目!?もできるかもしれないので、ようやく0.7人前かな?(笑)。
前からこのブログで知ってる人はわかると思いますが、私は両親に
「結婚して半人前、子供を成人にして一人前」
という教育を受けているので。
実際に子供を持つとこの意味が身にしみて理解できます。
逆に独身の人にはこれが理解できないと思います。

ただし、子供を作れない方々には正直申し訳ないと思いますが、こればかりはいたしかたないし、その分は夫婦として過ごした時間がいつしか一人前になるんだと思います。

さてさて問題は学校にはびこるとんでも親の方だ。
トイレ掃除ね。
そういえば自分達もやってないし、かみさんもやってないっていってたなぁ・・・。
でも、教室の掃除なんてワックスかけてツルツルにしたし、だいたいこういうシチュエーションでは真面目にやる奴、とりあえずやってるフリする奴、一生懸命遊ぶ奴(笑)がいるわけで、それが集団行動の時の自分のポジションなんかを知ったりして・・・。

ところでトイレ掃除に関して言うならば、ちょっと気になるブログ発見。
子供に辛い思いをさせることが教育だという幻想
確かにトイレがある程度常に掃除されているとかじゃないと危ないのかな?
突然する事は確かに危険であり、数ヶ月に一回は業者が消毒をかねてやったほうがいいだろうが、しちゃいけないという理由はないように思えますが。

こういっちゃなんだけど、自分家のトイレって掃除してますかね?
私自身は子供が出来る前はかみさんと分担してしてました。
子供ができてからは専業主婦なのでかみさんが自然にやってますが。

いずれにしろトイレ掃除というのは、それじたいに意味があるのはやった人にはわかります。
確かに仏教の影響で精神修行の面はあるのは確かですが、それのどこがいけないのがよくわかりません。
トイレ掃除はしなかったものの、普通に掃除してましたし、それが集団生活の一環として有効な事は経験上でもいえると思います。

ただ、このブログでも言うように、辛さは目的ではないという点はそう思います。
何かを成し遂げるという事は我慢比べではありますが、最初から我慢比べを強要する意味はありません。
本人の意思による”選択した”という自負心を挫折させないようにしてあげる必要はあると思います。

こういっちゃなんですが、できるだけ負け癖は確かにつけたくないんですよ、私も子供に^^;;。
自分が常に未来の自分に負け続けているんで・・・。
だからこそ、自分が選択したんだという事をまっすぐに受け止められる子にしたいとは思います。

が、ちょっとやってダメだから次!
というのはやっぱり嫌ですね。
すくなくとも何らかの納得をしない限り前には人は進めません。
多くの出会いから私はそう学びました。

これがイジメや暴力(物理、言葉)ならば、その場にいない事がいい事の場合はありますが、そうじゃない場合はやっぱり自分が選んだ事を簡単に投げ出すのはどうかと思います。

そもそも仕事をしてればわかると思いますが、自分の出来そうもない事頼まれるなんてしょっちゅうです。
当たり前ですが、仕事は生活に直結してます。
学校だから甘えられるなんて事はやっぱりおかしいでしょう。

そうそう汚いといえば、私はかみさんに言われて驚いたのですが、男性がオムツ替えするのは比較的多くなったようですが、ウンチの場合はしないって父親が結構いるんですか?
個人的に我が子のですから全く平気で替えていたら言われました。

そもそも自分がやっているトイレくらいは家庭で掃除するべきだし、公共の場のトイレを掃除する事が悪い事とは到底思えません。
そもそも子供がトイレ掃除できないくらい汚いトイレを使わせる学校は、その時点で大問題と考えられるんですが・・・。

おかしいですかね?

  1. 2007/03/20(火) 16:26:15|
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政治のお金は誰のもの?

【主張】政治とカネ 透明化へ制度改正が必要

何故かなぁ~?
安倍さんになってから自民党だけでなく、民主党も次々と・・・。
それにしても不透明という言葉で確かにこちらにも一瞬瞬間湯沸かし器なみに怒りがこみ上げるものの、どうもよくわからない。

そもそも政治上のお金として、税金が使われている以外のお金ってないの?
だいたい、政治家が貧乏では大臣になった時に、諸外国にバカにされてるようじゃ意味がないし(外務大臣なら)、それ以外でも庶民的な大臣なんて失敗してるじゃない?

それよりも、政治家で不正に儲ける手段の一覧と、儲けた人々の一覧が見てみたい。
そして、それを禁止した理由とか注釈つきであるといいなぁ・・・。

今回の計上する勘定科目についての説明というか、終始一貫して言えるのは、会計上の不手際より、会計の決まりそのものの問題のようで。
例えば自分も個人事業主であるので青色のソフトを使って伝票入力している。
そしてお決まりのものはいいが、これはどの科目か相談している。
で、これが意外に「これでいいんだぁ」と思う事がある。

例えば中川政調会長の事務所費での話では物凄く納得できるのは、残業で夕食を”事務所”でとった場合の計上先がないから事務所費に入れたという説明。
これは科目が全然ない一端なのだろうと思える。

ま、そんな事は実はどうでもよくなってきた。
そもそも政治にお金がかかる”本当の理由”が知りたい。
選挙でかかるから?
それとも有権者に何らかの見返りを返すから?
それとも自分の懐を豊かにするから?
全部?(笑)。

最近は政治家への不信感を煽るだけで解決策は与えない。
というより、扇動して選挙にいかせない。
かと言って簡単に選挙には出れないし、なかなか乖離した世界である事は確かだ。

もし本当に政治家に不信感があり、否定をしたいなら対立候補に入れるだろう。
で、対立候補がいなければ自らか、誰かにお願いして選挙に”出る”事なのだろう。
これが政治であり、選挙の意味だ。

しかし、現実的に私のような庶民では選挙に出るお金はない。
おそらくほとんどの人がそうではないだろうか?
となると政治に興味はなくなるし、先程書いたようにせめて白紙か、選挙にいかないという結果になる。

そもそも選挙に何故お金がかかるのか?
一つは供託金だ。
負けた場合は返ってこない?
供託金
ここに詳しくでていましたが、日本や韓国は高いですねぇ。

有効投票数の1/10の票数を取らないと返ってこないとなると、ある程度の票読み+選挙活動のボランティアが必要なわけだ。
衆議院議員なんて300万ですよ、300万!!
こんなに大きなギャンブル??

しないといけないとなると確かに引くね。
募金で300万集まるほどカリスマないとダメって事か。
そりゃ政治家の子供がなるように仕組まれているといわれてもしかたないね。
衆議院でもせめて50万くらいじゃなきゃ・・・。

乱立をどうのこうの言うけど、それのどこがいけないかといえば、立候補者に確かお金がでるんですよね?<微妙な記憶
だから税金の無駄遣いを減らすために云々・・・。

やっべ、すっかり忘れてるよ^^;;。

そういえば女性議員の昔の人で、お金かけなくても無所属なのかなぁ?当選した有名な人がいたって聞いたけど、その人の本読んだら、結局カリスマ性があるんだよね(笑)。

さて、300万は供託金だけの話で、その他に多々お金がかかる要素があると思う。
それを自費+募金でまかなえる人がでないと政治は変わらない。
お金がどうの、不信がどうのというが、根源的な問題はここにあると思う。

って、いうから人と違うって言われて仲間はずれにされるんだろうな(笑)。

でも、ネットのいいところはこういった事を認めてもらえるところにもあるんだよね^^;;。

  1. 2007/03/19(月) 14:44:15|
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目に見えないものへの畏敬の念

【勿忘草】「江原」「細木」人気の危うさ

いや、これを同列に見るのもどうかと思うし、一般的な占いなどの翳りと一緒くたに見るのも問題あるんじゃない?

そしたら、全くとは言わないまでも、かなり近い考え方のブログを発見!!
「見えるものだけ宗教」信者だらけのニッポン

神や妖怪というお話ですが、これも確かに日本にあった大切な文化・宗教観だと思います。
私は幽霊という事で前に書いた事がありますが。
たまには浮世を離れて

どちらにしろ目に見えない存在を”感じる”事で日頃の行いを正すという点において一緒の方向を考えています。

また、アイヌのところでもここではないブログで触れた事がありますが、アイヌはあらゆる自然に”神”が宿り、私たちは全て神からの恵みで暮らしているという宗教観があると聞きました。
だいたい日本は昔から八百の神々といったり、妖怪に至っては一つの文化本として成り立つくらい数々います。

おそらくこういった宗教観は日本独自のものらしいとTVでやっていました。
まぁどれくらい本当かは別として、「新・旧キリスト教」「イスラム教」「ユダヤ教」「仏教」が代表的な宗教ですが、その他として「儒教」もそうなのかな?
いずれにしても全て一神教です。
こういった一神教ではない文化は日本だけだというのです。

ちゃんとした統計を知らないので感想だけになりますが、この話ってどこか信じちゃうんです。
だから、そこから抜け出したいがために新興宗教に興じる人が増えた?
と考えちゃうんですよね。

さて細木数子に関してですが、彼女は占い師として売り出していますが、話の中心は占いではなく人生経験から説教してるだけの人です。
ようはずうずうしい神経を如何なくTVで発揮してるに過ぎない。
昔はあぁいうおばちゃんは近所にいたのに、今はTVの中でしかいないから人気なんだと思います。

江原さんや美和さんは全く別のアプローチで、結局のところこちらも説教を説教じゃないトーンで言ってるだけにすぎません。
人生の選択肢を増やしてあげてるので喜ばれていますが、いっちゃなんですが、あの程度なら私でもできますよ(笑)。
事前に情報があればですけどね^^;;。

過去の占いブームは説教の内容が占いとして結果が出たからはやったに過ぎないと思います。
親の言う事は聞くことが恥ずかしいという風潮の中で占いならカッコがつくわけです。
しかし、お金の使いどころに変化が生じ、ポケベル->携帯になった。
しかしTVならいくら見てもタダ。

だから本質的に何も変わってないけど、タダだからブームなわけですよ。

そういった観点で見ればいつの時代も変わらないわけです。
しかし、唯一変わった点は「目に見えないものへの畏敬の念」が失われた事でしょう。

ここから先は価値観とか、個人的な事とか絡むので私が正しいというわけではない事に注意して読んでください。

そもそも人が恐怖を感じるのは、目に見えない”存在”であり、不安に感じるのは目に見えない”気持ち”なわけです。
恐怖と気持ち悪いは全く別のものですから、ヘビとか蛙とは別の問題です。

しかし、借金取りは恐怖するが目に見える恐怖という方もいるでしょうが、それは借金取りが怖いのではなく、返せるあてのない借金、つまり見えない収入に恐怖してるだけです。
もし借金が返せるお金が手に入れば借金取りは怖くないですよね?。

このように目に見えないものと、目に見える事柄をごっちゃにして、全てが目に見えるものしか信じない事を「新興宗教」のように信じちゃってる人が多いのが今の日本だと思います。
だから大切さを忘れて、人を大事にすることを忘れて、いかにも自分本位でかまわないというように思ってしまう・・・。

そういってる自分も後から反省する事が多い事柄で、しっかり目に見えるもの信仰の中で育ったからと言い訳してます(笑)。

こうなると想像力は低下し、新たな目に見えない物を目に見える形にできない事になると思います。
結局相手を思いやれるだけの想像力までなくなってしまう・・・。

ま、先程書いたようにあくまで私見ですが、私は強く感じています。
できるだけ子供には目に見えない事を大切にし、目に見える事は見えるなりに大切にして欲しいと教育しようと思っています。
その子が大人になって、「あぁ、父さんが言いたかった事がわかった」と思ってもらえるように・・・。

  1. 2007/03/15(木) 11:55:54|
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支持率の罠

「安倍らしさ」で下げ止まった安倍内閣支持率

支持率ってちょっと不思議に思いませんか?
だって、自分が支持率を聞かれた事もないし、聞かれたって話も聞かない。
でも統計上で表される率として、立派に役目を果たしている。

前に数学的根拠を秋山先生がやっていて、その時は視聴率だったけど、考え方は一緒です。
そこでは、実際に100万個のボールのうち、1万個の赤いボールを混ぜて任意にすくった数から近似値として1/100がでるか?
という事で実験すると、1/99.79となっていました。

先生いわく、0.1~0.2は誤差を生じるが、統計学的にはこれでいいそうです。
しかし、ここで重要な事を言ってました。

今回のように明確な事象はいいが、アンケートの場合は聞き方一つで数値は作れる

という事を言ってます。
つまり視聴率も機械で統計だしてますし、実験も物理的に白・赤とはっきりしてます。

でも支持率って不思議なのは、例えば「小泉さんの支持率」といった場合に、何を支持してるのでしょうか?
彼の政策でしょうか?
それとも自民党をぶっ壊すといった言葉でしょうか?
それとも雰囲気でしょうか?

そこで本題の安倍さんの支持率ですが、70%台からスタートし現在40%前半くらいでしょう。
しかし、40%ってすごい数ですよ?
そこを忘れている方が多いようですが、仮に日本の人口が1億として、4000万の人が支持してる政権ですよ?
それのどこが”不人気”なのでしょうか?

70%の支持率って数字だけみると異常なんです、そもそも。
右向いても、左向いても同じ意見ですか?
違うでしょ?

じゃ、安倍さんは聖人君子でしょうか?
そんな事はなく、偉い人という印象やおぼっちゃんという印象はあるにしても、決して人間離れしてる人ではないと思います。

いつの間にか暗黙の了解で支持率が高い事がいいという雰囲気になってますが、そんな事はないんです。
政策は多岐に渡り、思想信条は育った環境から価値観が違うんです。
全てを安倍さんに投げっぱなしで、後は知らん顔という事ではないはずです。
違う意見だってあるはずだし、安部さんの全てを正しいと思う事じたいが間違いであり、国民である私達は”マスコミ”を通じて本来チェックしないといけないはずなのだが・・・。

一番の問題は「マスコミが政治心情を反映した情報しか」流してくれない事である。
チェックしようにも、まともな情報でない場合はチェックのしかたに問題がでてしまう。

ところが、現在はインターネットで代わりの情報は得られる。
よって、TVや新聞などは入り口に使い、より高度な検証はインターネットを使う。
このようにしなければ情報の精査がそもそもできない。

そこで安倍さんの支持率である。
この支持率はよい内閣の支持率と思われる。
だいたい40%~50%くらいが意見の合わない人も言える環境であり、議論として成り立ちやすい%だろう。
みんなが同じ思想、同じ政策、同じ感情ではないはずだから、積極的に支持という人+消極的に支持がこの値であろう。
かなり消極的な人は支持しないに入るだろうし、不支持というのがあるのだから、完全に支持しない人はそちらに行くだろう。

つまり、マスコミが大袈裟に支持率を煽っているけど、これは明らかに嘘です。
数値だけ見て、一喜一憂させるための”マスコミの罠”であるわけです。

さらに言うと、政策で支持率が40%台は問題があります。
つまり個別の政策の支持であれば70%や80%は民意でしょう。
もっとも戦争するぞ!
って支持率がそんなにあったら私は日本を捨てるでしょうが^^;;。

よく数値を考えて欲しいと思うのは、物理的な境界線がある場合と、感情を扱った場合では数値の重みが違うという事です。
それを抜きにマスコミは明らかに煽って報道しています。

結果は「みなさん数学を勉強して、気をつけましょう!」なんですが(笑)。

  1. 2007/03/13(火) 11:03:07|
  2. 報道関連|
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こうのとりのゆりかご

【風】「赤ちゃんポスト」 親の責任を問い直す

あ~やだやだ┐(´~`)┌

人の意見を否定するのは嫌いだが、この考えは受け入れられない。
その一つに、じゃ、現実捨てられてなくなった子供をどうやって助けるのかを意見してないから。
増長する、親の責任、子供の行く末、昔はあ~だこ~だ・・・。

そんな事はわかって言ってるの!!

そこで、基本的に同じ考えの方の気になるブログ
朝日社説・「赤ちゃんポスト」の設置の真実の暴露
「あかちゃんポスト」当面の救済策、されど、根本の解決策になら…
前提による限界
人間の命 と 女の自由

過去にリンクさせていただいたこともある方もそうでしたが、誰も設置する事が正しいとか、それが解決策だなんて思ってないし、当たり前に育てる事がいいに決まってると言ってるではないか!

社会的な現象や物事の流れを読み誤るから今の日本になってるわけで、そもそも家族を壊したのは誰だ?
女性の権利・主張を言い募り、言論の自由を武器に幼い子供を痛めつけたのは誰だ?

み~んな20年、30年前の大人達ではないか!
都合よくいい子ぶるなよ凸(▼皿▼メ)
終いには自己犠牲で養子をとれってか?
よくもまぁ自分達の事を棚にあげていえたもんだ。
自己反省もない主張に耳をかすほど愚かではないよ、全く。

そもそもこの問題の本質はどこにあるのか?
1.家族の崩壊により、親の勝手な理屈で捨てられる子供を救う事に意味がある
2.そうではなく、本当にやむにやまれない親の事情による子供の救済策
3.捨てられる子供が可哀想だから死なせてやる

これらが交錯して意見を言ってるが、一番の本質は何度もいうが、
今ある命を救う
事ではないのか?
救ってから親の事を考えればいいと思うが。
これは間違いなのか?

私も子供をもつ身として、捨て子なんて考えもつかないし、かわいくてしかたない。
仕事やめて一緒に遊びたいくらいだ(笑)。

しかし、現実に子供を遺棄する親がいるのだ。
その子供の人生は親によって閉ざされるのだ。

そして二度と帰らない。

本当に命の大切さを説くならば、設置に反対の理由がわからん。
反対する人の意見で、代わりの案を見たことがない。

まだ産まれて間もない命の火を消す事が大義名分としてあるのか?


そりゃ昔は子供も働き、勝手に育つし、貧困でも子育てを親がしただろうよ。
個人的に経済的な理由で一人も自らつくらないというのも正直言って言い訳としか思ってないところもあるから、考え方が私はどちらかというと古いとも思う。
だからといって、設置に反対!
親を責めるべきだとはとても思えない。

救える命を救ってから考えればいいじゃん。
それとも捨てられる運命の子供は死んでもいいんだ。
生きてる価値もないんだ。
俺には考えられないね

あっ、また感情に走っちゃった・・・。
これでもバリバリの理系なのに(笑)。

それから、どこから命と考えるか?
この命題に突き当たること2回目でした。
中絶というものの見方もいろいろあるんだろうと思う。
個人的に男としても妊娠2,3ヶ月では実感はありませんが、やっぱり命としてとらえてました。

だいたいできちゃった婚も、親の反対を押し切りたいとかの”既成事実”が必要な場合以外はただのだらしない男女だと思うけどな。
命を軽くみてると思うけど?
これって違うのかね?・・・。

まぁ、ちょっと横道なのでここでやめるけど、少なくとも誕生した命を簡単に捨てる親の気が知れないと思っていても、救う手立てがあるならば実行すべき事だと思う。

  1. 2007/03/12(月) 15:51:44|
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ODAのいい側面

世界が感謝!日本ODA題材の切手、紙幣が続々登場 顔の見える援助の証

これって再三報道2001で竹村さんが言ってました(笑)。
ようやく産経にのりましたが^^;;。

個人的にODA自体を否定する気になれません。が、中国へのODAはどう考えてもいらない。
だって軍事費を見ればいらないじゃん・・・。

という事で無駄なODAもある事はある。
しかし、本当にその国ためになるものだって存在する。
ただ、コストは?
って事は気になるが。

今後はNPOとの連携も必要だろうし、相手国との関係もあるでしょう。
出来る限り協力国を増やす事はして欲しいですね。

問題はODAを”当たり前”と思う国や、恩を仇で返す国は即刻打ち切って欲しいものです。
日本は財政的に逼迫してるわけで、すくなくとも余裕があるわけじゃない。
必要なところにお金をかけ、無駄なところにお金をかけない。
これは当たり前の話なんだろうけど、でも言わずにいられない現状もあるわけで・・・。

ODAで豪華なHOTELを作って、その国の政府関連だけのために作成されたなんて問題になっていたことがありましたし、ダムを作って住民から反対運動が起こったと報道もされてましたが、あればいったいどうなったのでしょうか?
続報がないところを見ると、TVの捏造かと思えてしかたありません。

そこまでTVの報道を疑ってしまいます。
今TVで報道関係みるとしたらTVタックルくらいでしょう。
領土問題も古くから取り上げていたし、拉致に関しては議題になったこともあるしね。
後は障害者自立支援法案を取り上げてくれれば・・・。

それ以外はどうしても眉唾が多く感じられて、そもそも久米さんの頃のNEWS stationが好きだったのは、民意ではなく彼の意見だったからだ。
そして自分の発言に責任を感じていると伝わってきたからだ。
たとえ自分と意見が違っても認められた。

しかし今の報道関係の人は何で責任を他に求め、また他人の意見を都合よく自分の意見にしたり、都合悪くなると人の意見にしたりできるのだろうか?
すくなくとも私はTVの報道はここ一年近く真剣に見てません。

もともと新聞も読まないし♪
朝日の販売員はむかつく人が多くて、それだけで取りたくない!

ちなみに読売はしばらく家でとってましたが、経済的な事からやめちゃったんです。
でも販売員の人がいい人でねぇ・・・。
かみさんもちょっと悪いかなと思っていました。

販売員は接客業という基本を忘れた朝日新聞
は今後絶対とりません!!!
だって、自分の家だけでなく、両実家にくる販売員みんな態度悪いんだもん。

  1. 2007/03/09(金) 10:41:15|
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暴露バトン!?

地雷を踏んだ?(笑)

というわけで、ちゅう太さんから「暴露バトン~実は…なのだ!~」がきました^^;;。
最初に言うと、もう渡せる人はいません!!・・orz。

では、早速行ってきますか!!

①実は…がいる
いるぅぅぅ???(@_@)。
いや、何もいないし、過去のネタはネタだし・・・。
暴露したくてもできないんですが・・・。
あえて言うならお金が要るのいる?(笑)。

後はトラックバックに変な人がたまに?、最近ひどいのがいる。
削除しちゃうけど^^;;

②実は…やらかした
これは25歳の時に取引先の部長(当時46,7歳)を泣かせてしまった事です。
まぁ、100%近く部長さんが悪いのは取引先の現場担当者が知っているし、言ってくれてるし、たぶんそうだと思えるんですが・・・。
正しい事を「正しい!! お前が全部悪いんだぁ!」って言って泣かれた時はまさに「やらかした」ですね・・・。

自分が正しいからといって、それを盾に人を攻めてはいけないという事を学びました^^;;。

③実は…知ってる
なんだろう?
知ってる事で暴露するようなこと?
無料でいいAVのサンプルがネットに落ちてるってことくらい?(爆)。

アインシュタインは親日派で、原爆が日本に落とすのを実は反対してたとか・・・。

もうご勘弁を^^;;。

④実は…でした
実は、実は・・・、じつは、結婚するまで女性を抱いた事ありませんでした^^;;。
はい、終わり!

⑤実は…が好き
暴露というかみんな知ってることしかない!
だいたい好きな事は書いてるししゃべっている^^;;。
ギャンブル大好き♪

⑥実は…が苦手
たいした根拠もなく、勝手に正義論振りかざす人が苦手。
っていうか、熱くなって撃破してしまいたくなる・・・。

⑦実は…したことがある
借金したことがある、ギャンブルで^^;;。
もっとも、そうしないと仕事の勉強も転職も思い切れないと思った事もわずかにある。
何かに追われないと必死にならない性格は把握してるつもりです(笑)。
そのおかげで個人事業主でそこそこのお金はもらっているし、完済した。
ひとりだったら余裕、結婚してギリギリになった^^;;。

⑧実は…が欲しい
え~と・・・、時間が欲しい(>_<)。
通勤時間が無駄に思えてしかたない。
往復で3時間半・・・。

⑨実は…持っている
水虫を持っている。治療も途中までしてあと一歩でやめてしまった。
結局土曜日に行くけど、毎月行くのが大変になってしまった・・・。
またきつくなったら行くかも^^;;。

とりあえず暴露になってるのか?(笑)。

  1. 2007/03/05(月) 14:09:27|
  2. 小言|
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従軍慰安婦の実際って・・・。

あえて地雷をふんじゃうけど・・・

首相、河野談話の見直し示唆「強制性裏付けなし」

なかった派のログ
マイク・ホンダも自爆ですかね
従軍慰安婦

あった派のログ
従軍慰安婦、南京事件、歴史認識

微妙になかった派
「河野談話」に対する河野氏本人の説明

まずどこから手をつけるか?・・・。

ようやく報道2001を昨日見終えて、従軍慰安婦の問題点を理解できたと思ったら、まぁ検索していろいろみると、これがまた新たな問題提起があるある^^;;。
そこで、まずはマイクホンダさんの意見から。
要約すると、次のような意味に聞き取れた

この問題は、まず実際に被害者がいるという証言者がいるということ。そして河野談話で謝罪してるということ。民間でアジア女性基金を日本人が作っていること。
これらから考えれば、当然日本の政府が玉虫色ではなく、あきらかに認めた事実として認定できるから、正式に謝罪しろ。

という、至極真っ当な論理で攻めてきている。
確かに彼は韓国のロビー活動に操られているのだろうが、操るにしたってそれなりのベースがなきゃいけない。

どうして私が真っ当と言うかといえば、ホンダさんの言う謝罪してるじゃないかという論理だ。
過去のマスコミだって何もしてないのに謝罪を要求し、謝罪を勝ち取れば真実にしてきたと同じ論法だ。
たとえそれが間違いだったとしてもだ。

人には平気でやるくせに、自分がされたらおかしいという矛盾を平気で言う。
私は少なくともマイクホンダという人物に関して敵対心は湧かない。
当たり前の事を当たり前に主張し、自分の利益にしてるだけだ。
それのどこがいけないのかがわからない。
よって、この件に関しては賛成・反対のどちらでもない。

そこで問題になるのが、河野談話である。
私がもっとも信頼しているブログの阿比留瑠比様のところではなかったの集会になっており、ただ、ちゃんと根拠をあげている点が他と違うところである。
ネットを見る限り、河野談話が間違いとする根拠はいくつかある。


1.強制的に女子を連れてきて娼婦とする命令書は存在しない
2.当時の時代背景で韓国との密約があるという半事実がある
3.娼婦として軍についてまわる”強制ではない”慰安婦はあった
4.軍の命令、いろんな書類からは強制性を嫌う文書がある

おそらくこのあたりが証拠ということなのだろう。

正直言ってこの情報だけでは確かにないと思えて仕方ない。
すくなくとも”あった”という事実を示すものは証言だけなのだ。
だからないという証拠がなくてもいいという話になるのだろう。
しかし本当にそうだろうか?
実はなかったと明確に証明する直接的なものもないという。

それがあった派のログで書かれている。
また書類がないのは戦後において、重要な書類を燃やしたからという事も書いてあり、これじたいは全く別の事からもいわれている。
ただ、燃やしたという事実はどこにもないけどね(笑)。

さらに言うと、アメリカが実は調べていて、従軍慰安婦にあたるものは存在しないという公文書がある。

結局、真実は闇の中で、事実はたった一つ「わからない」のである。

というのも、命令書がないというのは、本当に真実なかったからなのか、燃やしたからないのかがはっきりしない。
現状では燃やしたという明確な事実がないが、多くの証言で燃やしていたという話は存在している。
つまり、燃えて存在しない可能性だってあるのである。

次の密約は後述するので、強制ではない慰安婦は存在していた。これに関しては資料もたくさんあり、事実であり真実であろう。

また強制連行するような慰安婦の犯罪性を示す文書があるという。
これはどのレベルなのだろうか?
国策としてなのか? それとも一部の軍によるものなのか?
これがどうもはっきりしない。

つまり、総合するとわからないわけである。
しかし、ここで河野談話である。
わからない事を、曖昧にし”謝罪”しちゃいけんだろ?
まぁ、当時の政府の方針だから河野洋平だけが悪いとも思わないけど、少なくとも現状ではわからないと明確にすべき事柄だったのは確かだ。

よって密約が後々尾を引いてるならば、政治家として”結果責任”はとって欲しいというのが私の立場だ。
できれば、当時の政府与党ないで談話に賛成した人は全て責任とって欲しいけど、それは現実的はないので河野さんに限っちゃうけど・・・。

あぁ~長くなった(笑)。
そこで、要約をしたい。


1.マイクホンダの言う事は少なくとも正しいし論理的
2.河野談話は間違いさせるものであり、訂正か破棄すべき

という事に落ち着く。

しかし、これとは別に考える事がある。
それは証言の裏づけという問題だ。
つまり証言に関して、あるとかないとかの裏づけは可能なのであろうか?

というのもあった派の内容に気になる点がある。
例えば、

1.軍の命令に逆らえる状況だったのか?
2.従軍慰安婦という言葉は戦争当時からあった
3.慰安婦のほとんどが韓国人(朝鮮人?)だった

というところである。

20個くらいのブログを回ってようやく”あった”というブログを見つけてちょっと嬉しくなった。まともな反対意見というのは現実的にないんですよ。
赤とか右とか左とかどうでもいいことばかりで、誰かを責めるばかりだし、個人的に売国奴とか言う書き方は自由だからいいんですが、品がないなぁと思います。
そういった意味では反対派の内容は実体験や父親からの聞いた話なので嬉しくなりました。

それから、私にはおじいさんがいないためなかなか当時の話は聞けないのですが、運がいい事に戦争経験者の話を聞ける機会があったりしてます。

そこで、まずは軍の命令に関しての問題からすれば、自分が生き延びるために必死で、他人を思いやれるほど余裕はなかったそうです。
中には反骨精神の人もいましたが、そういった人はお金があったり、地位がある程度ある人だったりして、とても一般人がそんな事をできる状況じゃなかったそうです。
このあたりは最近のTVドラマなどはちゃんとしてるみたいで、いかに上官といえどお上(軍部)にたてつく事はできないほど厳しい戒律があったようです。

次の従軍慰安婦という言葉に関しては、私はわかりません。
学術的な資料や、その他の証言がないので、この人の思い込みの可能性だってあります。
ただ、あってもおかしくないかなぁ・・・、とは思いますけど、言葉がないから実態がないというのは確かに暴論という点では私もそう思います。

最後の慰安婦は朝鮮人ばかりというのは、これは聞いた事がないし、確か朝鮮人が多いが、極端というほどではないというのは数年前に聞いてます。
ただこれも統計資料がないとか・・・。

そこでここからはあくまで私の推論だが、次のような状況は想像できる。

まずは軍の上層部や政府は強制的な慰安婦は建前なのか本気かはわからないが禁止していたのであろう。
ところがいつの時代にも存在する良識を持たない人がいる。
そういった人たちが”お上の命令ではなく”、勝手にやっていた可能性があるのではないだろうか?
しかも予想できないくらいの人達が・・・。

そう考えると現状が全て説明できる。
日本国内ではないが、外国に行ってる軍隊は、軍隊の規律は守るが、下に関してはだらしのない人たちがいた・・・。
ただしこれも全部でないだろうし、7~8割は下に関しても守っているのだろうが、2~3割は戦争という状況下でありえそうである。
別に日本人だからというのではなく、魔女狩りなどの歴史的な人類の所業を考慮すればという勝手な数値である。

だとするならば、これが国として謝罪すべき事なのだろうか?
私はNOの立場だ。
これは国が積極的に謝罪を全世界にする事柄ではない。
しかし、もし万が一私の推論が裏付けられた場合は、過去の清算として一つの救済策はあってもいいと思う。
謝罪じゃない救済策である。

今後、もし事実がわかるようになれば考えはかわるだろうが、今私が持ちえる情報からはここまでしかわからない。
だから誰かを責める気にもならないし、今問いたいのは結果責任だけである。

  1. 2007/03/02(金) 15:52:18|
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