じゅぁきのディープゾーン

NEWSからみた、一般的な生き方をしてる疑問点などを提起したり、逆に考えた結果など。 ちなみに文章になるとかたくなるのは、年齢的なもの?(笑)。

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日本も裁判ばかりになるのか?

【産経抄】1月31日

そもそもNHKが訴えたのではなく、訴えられた理由がよくわからない。
で、ネットで調べたらあっさりでてきた回答。

なぜNHKを提訴するのか

要約すると、歴史的な事実を扱うようなドキュメンタリーでは、取材した側に編集する権利はなく、取材された人の期待に”応えないと”いけないらしい。

(-_-#)はぁ?
としかいいようがない。

だいたいこの裁判では期待権の侵害って・・・。
裁判所としては非常に困り果てた内容だったが、事実の積み重ねから言えばそりゃ有罪になるざるを得ないだろうと思う。
ただ、ここで考えるべき事は「取材者が正当な事実を述べている」という事実確認は必要がないらしい。

つまりだ、
思い込みの個人の真実は報道しなきゃならない
という判決になったわけで、全体的な精査は不必要という事になる。

しかも論点のすり替えが行われた結果、まともな裁判ではないが、裁判所は結果を出さざるを得ない。
となればNHKの弁護は容易ではないし、改変したのが確かな事ならば期待権は侵害されたと出さざるを得ないと素人でもわかる。

それにしてもひどいものだ。
これが本当に政治的な圧力だったら確かに問題であり、またその取材の精査をする必要もあるが、もしNHKに非があるとすれば、取材に関しての事前調査が甘かったこと。
また、改変理由がどこにあったかの問題点の整理だろう。
特に理由はどこにあるのだろうか?

こうなったら全部をDVDで発売して国民の意見を聞いて、取材して欲しいものだ(笑)。
今までの不祥事は不祥事、裁判は裁判と割り切って答えてあげますよ!^^;;。

この裁判は、裁判のための裁判であり、本来の権利を主張する裁判とは違うと思うなぁ・・・。

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  1. 2007/01/31(水) 15:02:36|
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例えは悪いが、話はまとも!?

「女性は産む機械、装置」柳沢厚労相が大失言

気になったブログ
どっちが”差別主義者”なんだか・・・
あいかわらずヒステリックなマスコミ
失言?本音?「産む機械」
機械という発言の言葉尻を追いかけて中身を見ない野党の頭の悪さ

やっちゃたなぁ、柳沢さん^^;;

今回の件て見方がいろいろで、意見も多数に渡っているのが面白い。
ただ、どれを見ても今回の女性を機械にたとえる事自体が”失礼”にあたるという共通項は見出せる。
ま、本人も釈明してますからね(笑)。

では、失礼な発言である事は間違いがないのであれば何が問題なのか?
それを考えるとだいたい次のように思われる。

1.話の中身をちゃんと放送せず、情報操作で安倍政権を攻めていると思われる(私は思うだけど^^;;)
2.失言そのものを言う人が大臣の資質があるのかどうか?

概ねこんなところではないだろうか?
細かくはいろいろあるけど、ようは報道と資質の問題があるように思える。

まずは報道に関して。
これは明らかな意図を感じてる人も多く、私自身も意図を感じている。
柳沢さんは例えなければよかったと思うけど、この全体の趣旨は少子化になるのは目に見えている、その理由は
子供を出産できる女性が基礎として15歳~50歳の人数になるから
子供を増やしたいのであれば必然的に一人が出産する人数を増やしてもらうしかない

という事をいいたかったようだ。

これはごく当たり前の話だ。
子供は女性が生むのであり、その女性の数は統計上すでに決まっている。
ならば、子供を増やす=一人の女性が数を産むという”統計上”の話だ。
まずは、ここは抑えておきたい。
失言は例え話の中の一部不適切なところだけであり、統計上の話は失言ではない。

ここをちゃんと伝えているのは産経だけらしいが、一応自分的には朝ズバでもみのさんが言ってたのは確認した。それ以外はしてないけど^^;;。

でも、いろんなブログで朝日や毎日などの記事を読んでみると、一応問題点の2.にあたるような気がしてくるが、これは都合よくとってだ。
つまり、どう見ても報道による世論誘導に思える。
失言そのものを最終的に切り取って、あ~だ・こ~だ言ってる時点でおかしい。

次は2.の問題点だ。
そもそも失言するような人が大臣の資質があるかどうかの問題だ。
そこで、だ、これは男性と女性ではとらえ方が違うようだ。

これも身近な人の意見でかみさんが言った事だが、その前に一応私が柳沢は金融のプロであって厚生労働省向きではあまりないという趣旨を伝えた結果、
「でも、そもそも女性を機械に例えるセンスない人に大臣になって欲しくない」
という事でした。
女性の中でも温度差があるようで、生理的に受け付けない~まぁ男なんてそんなもんよまでいるようですが^^;。

ただ、この失言のレベルとして生理的に受け付けないう人は結構いるようだ。
という事は、全く女性に配慮できてない大臣というレッテルは貼られてしまうのはいたし方ないのではないか?
そういう事から言えば最低限は辞任、最悪は任命責任にまで発展するわけで、野党の格好の餌食なわけだ。

中には福島瑞穂だけがいってるように思われるが、身近な話としてかみさんだけだが嫌悪を感じてるのは確かだし、女性のブログでも生理的にうけつけない人は数名で、問題ある人という認識は結構多い。
辞任まではという人は女性でもいるが、私が読んだ数少ないブログでは1,2個くらいだった。

まとめると、失言のレベルに問題があり、少なくとも辞任しないと収まる問題ではないように思われる。
個人的にこれで安倍政権が問われるのは困るが・・・。
それにしても報道も政治と一緒で問題が多いなぁ。

  1. 2007/01/30(火) 16:17:14|
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ちょびリッチの動画



こちらで面白い!?動画の紹介をしております。
というかですね・・・。

こんな加工をしてます的な動画です(笑)。
一度見てみるだけの事はありますが、特におすすめするほどのことのないような。
でも見ていただけると助かります^^;;。

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  1. 2007/01/23(火) 13:40:08|
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捏造、ねつぞう、報道機関のプライドは?

【主張】番組捏造 問われるメディアの基本

参考ブログ
社説対決(関テレ編)
知ったかぶりから見た「捏造報道」
あるんだか、ないんだか?

あぁ、うんざり

おそらくこれが正直な感想ではないだろうか?
またか、いい加減にしろ、そんなもんよ。
だいたいのブログにおける方向性はこんな感じだった。

参考ブログとし、いつもの気になったにしなかった理由は、多少なりとも意見をあげているところから参考にしました。

さて、捏造番組は後を絶たない。
視聴率主義だからとか、下請けだからとかいろいろ理由はあろう。
また、現場にいる俗に言う下っ端は、矛盾に悩んでいることだろうと思う。
自分も電話サポートとして常に組織や体制に疑問を持っているが、個人では到底どうにもできない。

まず報道機関というのは公共のものなのか?
それとも機関のものなのかというところである。
もし公共というならば、そもそもの視聴率主義と反しているようだがそんな事はない。
見てもらえなければ情報は伝わらないわけで、たとえ公共性が高いといえど視聴率は重要な要素である。

だったら機関のものか?
確かにそういった面は否定もできない。
彼等は独自にCMによって収益を得ているわけで、視聴者は見るだけで何もしていない。

では新聞やTVなどのメディアとはいったい何なのだろうか?
特にTVというメディアは影響を自覚してる面としてない面がある。

そもそも個人的に新聞は嫌いだった。
いまだに読まない。
その最たる理由は、私の子供の頃から情報の不備や映像の情報量のほうが理解しやすかった点がある。
子供の頃に夏休みの宿題で新聞の切り抜きを取り、感想を書くような事をしたが、その時に感じたのはあまりにいい加減な情報量だったこと。
小説は俗にいう行間を読み、展開を読み、推理やセリフを楽しむための複線や作者の力量を読むのが楽しい。
その時に映像は脳内で”自力”で作り出し処理する。
しかし新聞の内容からはとてもできないことが多いことがわかった。
それ以来新聞は読まないと決めた。

そこでTVを中心に情報収集してきたが、今度は同じ内容の報道であまりに裏づけのない各局が違う情報が散乱していた。
これは結局、局の意向がなぜか事実のような情報として発信してることが最近わかった。
違和感があった事がネットの情報を得て、自分なりに納得できた。
それによってTVでの情報も信頼がなくなり、だんだんみなくなった。

かといってネットでは情報が氾濫しすぎているため、信用をどこにおくのか?
また自己での処理に困るからと無視した中に実は真実があるかもしれない・・・。
むしろネット世論が間違っている可能性だってある。

となると、今の時代はどうしても情報の精査を発信側ではなく、収集側に持たないといけない時代なのかということになる。
これは情報が武器になる時代だからなのか?
ちょっと違うと思う。

むしろ情報が武器になるからこそ、発信側はプライドと信頼される情報にしなければならないはずである。
そこに規制がないのがそもそもおかしいのだ。
特に捏造だった場合は犯罪として警察が乗り出してしかるべきではないか?
極論ではあるが・・・。

言論の自由、言論の自由が、自由には責任があり、発信したからにはその情報に責任を持って欲しい。
もし間違っていたならきちっと間違いを訂正し、正しい情報を得る努力が必要になるはずだ。

それから差別用語に関してもおかしい面もある。
最近では「死ねばいいのに」というのがはやってるとか。
私も二度ほどダウンタウンDXをも見て、この発言が二度続いた事でみるのをやめました。
あまりに人の死に対して畏敬の念がなさ過ぎます。
しかし、実際には「ちびくろさんぼ」とか、その他実際に過去使っていた差別用語を言わなくなった。
確かに規制をかけたいものもあるが、そうではない、実態を知るためにだけ使っていい言葉もある。

その場しのぎに対応してきた報道機関が、今問われ始めているのではないのか?
むしろ問われるべきなのではないか?

最近はそう思うようになってきました。

  1. 2007/01/23(火) 11:53:41|
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ゆとりって何?

【主張】教育再生 ゆとり教育見直しを評価

気になるブログ
TBS報道特集/教育改革と中国のマナー改革
教育再生会議報告は日教組への宣戦布告

最近、教育関連の報道では何かと論議の中心に”ゆとり”という言葉が飛び交っている。
前出のブログで自分はそもそも詰め込みだから悪という図式はばかげていると書いた。
コメントで「そういうあなたにゆとりがない」と書かれたが、じゃあ、ゆとりってなんだ?
という疑問がある。

気になるブログで各マスコミの状況はある程度理解できると思うし、同じ事をここで書いてもただの賛同か批判になってしまうのでここでは触れない。

これを前提にマスコミがいっているゆとりとはなんだろうか?
単に時間だけがゆとりなのか?
子供が家ですごせる時間を増やすことがゆとりなのか?
そもそもマスコミは人には定義を示せ!という割りに自分達は知った顔でゆとりと使っているが、それこそゆとりとはと言うべきだと思う・・・。

だいたい、ゆとりというのは忙しい時間があるからゆとりを感じられるものではないのだろうか?
一生懸命に今日、明日、未来を生きるために努力してるから、ふとした空き時間にゆとりを感じると思うが・・・。
毎日同じ時間自由時間があれば、それはゆとりではないと思うがどうだろうか?

確かに学校の勉強時間を少なくして、有意義に過ごせる子供や家庭がないとはいわない。
お金がなくても両親のもと、有意義な教育をしてる家庭もあるかもしれないが、それって稀有ではないのだろうか?。

仮にゆとりという名目で教育の質があがった実績があれば何も問題はないはずだ。
誰だってゆとり教育を受けた子供の学力が信頼できるデータという前提ではあるが、落ちてると示したわけだ。
だとするならば、ゆとり教育は失敗だった事になる。
将来を生きる子供の未来を奪った文部科学省(当時は文部省?)の当時の人たちは責任を取るべき対象だろう。
あまり話題にならない責任論ですが・・・。

そもそも何故勉強するのか誰も述べない。
安倍さんすらも(笑)。
まぁ、暗黙の了解という部分はあるが、これは大事な定義ではあると思うが違うのかな?
現在勉強の意義が子供達の間で認められていないように思う。

それから重要な過去の文化、例えば製造関係の保護や親の知識不足による過保護官僚になれば安心論。
こういった傾向は私達の時代にも問題でした。
伝統芸能に職を求めれば親はこぞって反対する。
ところがエリート路線を目指すといい子だった。
何も変わっていない、むしろ悪くなってるような気がする。

自分も子供がいるから、確かに芸能界に入りたいとか芸子になりたいといわれれば反対するだろう。
しかし、本人にそれだけの知識と知恵を身につけられる素養を認められれば許すかもしれない。
(一応娘なもんで^^;;)
いつかは自立して私達親が死ぬ時がくるのだから。

そんな中でゆとりなんて悠長な事を国が言うから問題だとようやく安倍さんが言った。
そして実現に向けてがんばっている。
報道はいかに欺瞞と操作に満ちているかは個人的にもわかってきた。
ただ、ネットが全て真実とも思わないが^^;;。

ゆとりというのは個人の時間の中で”相対的に”感じることから”自分で作り出す”ものというのが個人的な見方だ。
確かに私には今はゆとりと呼べるものは少ない。
が、それは老後に嫌でもやってくるゆとりの時間を有意義にするために全然苦にはなっていないし、むしろ詰め込みと言われた時代に必死に勉強した事を心からよかったと思える。
もっとも勉強のきっかけは不純な事ではあったのですが^^;;。

そして、勉強した事を絶対に利用してやる!
そうやって選択肢を自ら増やしてここまできた。
だから大きな後悔は少ない。
それでも尚ゆとりが大事というならば、まず人が何にゆとりを感じるのかをきちっと明確にすべきだマスコミは。
授業数が減ればゆとりというのは少なくとも間違いだと今でも思っている。

注)阿比留瑠比様を批判してるのではなく、一般的なTVや新聞です。
むしろ阿比留瑠比様には貴重な情報をいただいて感謝しています。
多分大丈夫とは思いますが、念のために。

  1. 2007/01/22(月) 14:17:13|
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ギリギリセーフかアウトか。。。

「アンパンマン」菓子消滅なら損失100億円

不二家ってぜんっっっっっぜん縁がなく、人からミルキーもらうくらい?^^;;。

で、子供に大人気のアンパンマン。
うちの子もアンパンマンの三輪車やバッグなど持っている。
もっとも、また1歳8ヶ月なので、映像には興味なし(爆)。

どうやら動くものは興味なく、キャラクターそのものがすき。
靴もアンパンマンとそうではないのが一足ずつ。
しかし、アンパンマンのしか履かない・・・。

子供を持ってない人にはわからないだろうが、アンパンマンの力は絶大で、大人の都合でご機嫌とりたい時には必須アイテム。
砂糖漬けとかの問題とは別。

ただ、うちの子はまだアンパンマンがなんたるかの理解がないので、お菓子であればなんでもいい。
だからギリギリセーフ!!

と、思いたいorz。

  1. 2007/01/19(金) 15:34:16|
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教育と勉強は別物

【正論】米長邦雄 「ゆとりある」教育をなくすな

ばかげている。

詰め込みが悪かったというのは嘘だ。
子供時代に詰め込めるだけつめこまなっかたらいつやる?
ただ、詰め込み方に問題は確かにあるだろうが、それが人間性を失わせるというのも欺瞞以外の何者でもない。

子供というのは、そこから興味を引き起こして、それを伸ばす仕組みが過去のものにはなかった。
それから、嘘の平等から飛び級がないのもおかしい。
飛び級が偉いとか思わないような教育は必要だが、あったほうがいい。
人はそれぞれ違うのだ。
全てにおいて平等などというまやかしで「ゆとり」教育が始まったんじゃないのか?

それから勉強が何のためかをもっと大人が明確にするべきだろう。
私は自分なりの回答を持っているが、それにしてもあまりにいい加減な提言だ。


それから今後は情報もスピードアップし、公開される情報も正確さをどんどん失っていき、子供達はそれを処理する能力を身に着けなければならない。
自分達が暮らしてきた時代とは違うのだ。
ネットを悪く言う人もいるが、本来論ではネットは道具であり、使う人によってよくも悪くもなる。
拳銃だってもとは狩猟のためだったがあっけなく悪用されて人殺しの武器になったから規制された。
ネットも同じだ。
1のいいことのために100の悪いことを封じれないのはおかしい。

今はそういう時代になってしまったのだ。
子供にはそういった時代にあった知識が必要なのだ。
知恵は知識があるから生まれるのである。
知識のない人間に知恵は生まれない。

だから今の議員もそうだし、DQNな親や先生ができている。
ゆとりなんて老後にすればいいのであって、その精神が子供に必要なわけがない。
だいたい子供に責任はとれないじゃないか!
といいたい。

自由とわがままを履き違える年代なのは今も昔も子供はかわらない。
1000年前にきっと「最近の若い者は」といっていたに違いない。

勉強は詰め込むためにやるのであって、学校の基本はそれもあるはずだ。
教育は家庭・地域・学校が共同でやるものだ。
そんな事もわからない人にゆとりが大事だなんてふざけすぎている。

もしゆとり教育というのなら、家族が一緒にいられる時間を作れる社会つくりだろう。
父親が子供と会話する時間を取れない現実をもっと改善するようにすればいい。
見てる方向性があまりにおかしいと思う。

  1. 2007/01/17(水) 10:23:54|
  2. 教育|
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政治家の会計感覚

事務所費問題・総務省は「要は国民がどう思うかということ」

まずは小沢氏の会計での問題点を要約すると

1.事務所費として計上すること自体の不明確さ
2.仮に計上するにしても、妥当な金額なのか?

という事らしい。

1.は阿比留瑠比さんが詳しく聞いてますが、
>宿舎の建設が「事務所の維持に通常必要とされる」にあてはまると考えにくいと思うが。
に対して
>では、どこに入れればいいのかとなったときに、われわれがここと言えるところもなくて、会計責任者が判断してくださいということである。

実際に自分も個人事業主で、青色申告なのだが、勘定科目として迷ってしまうものが結構ある。
もっとも自営ではないのでまだいい方だけど、これが自営の場合は大変だ。
両親が八百屋をしているので、そのあたりの事情もそれなりに知っている。

ただ、現実的に不適切な処理でなければ解決できない事もあるにしてもというのがあるが・・・。

2.も
>個人事業主の人なら分かると思うが、事務所を運営するにはそれなりのお金はかかると思う。それが4億円かどうかは別の話だが
これが全てではないだろうか?
まぁ、私には全然考えられない金額ではあるが、接待交際費に月10万使うのと同じくらいなんだろうなと思う。
ただ、そんなお金は実際に出せない(笑)。

結局のところ、今回の話だってわかりにくいのは
>要は国民がどう思うかということ。国民がおかしいと思えば政治家の皆さんに制度を変えてもらえばいい
っていわれて、じゃぁ経理を義務教育に入れないのか?
という事である。

こういったことは知ってる人は知ってるが、知らない人はなんだかなぁである。
普段の生活を支えるために勉強する以外に、経理の勉強まで!?
って、絶対やらないって^^;;。
だいたいもう6年も個人事業主やってても毎年この時期胃が痛い。
不正をするからではない。
単純に知らないから不安になるのである。

何か間違っているんじゃないか?
ちゃんとあってるかどうか?
とりあえず青色に申告が終わり、済みの判子をもらうまでは気が気でない。
何もしてないのに警官を避けたいのと一緒である(笑)。
なんせ小心者なので・・・。

話を元に戻すが、経理上の判断は非常に難しいし、またそれを指摘したところで妥当性は国民の総意であるという。
ただ、政治家に自尊心がないからできるのだろうと思う金額ではあるが、果たしてこれでいいのか?

どうだろう。
これからみんなで経理の勉強でもする?(爆)。

  1. 2007/01/16(火) 13:18:19|
  2. 民主党|
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よくわからずに始めてみました!



アフィリエイト






FC2では簡単に初められるとの事で、多分これでいいのかなと・・・。
でもよくデザインされているのはみんなどうやってるんだろう?
とりあえず登録はなんとかなりましたが、ちょっとわかりずらかった(笑)。
もっとも自分が再表示しなかったのがいけないこともあったのですが^^;;。

今後は少しでもできるようにがんばります!

  1. 2007/01/15(月) 17:44:38|
  2. アフィリエイト|
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想像力の欠如の指摘はやっとでたね。。

【溶けゆく日本人】景観変える恥の刻印 文化財の悲鳴

これに関連した気になるブログ
文化財が泣いている

結局のところこのシリーズにはまっている自分ですが、ネタというか書きたい事の痒いところをついてきてるので、今後は多くなりそうな予感^^;;。

さて、文化財が泣いているという見て、
「泣くわけないじゃん!」
と、何も考えずに通り過ぎる人がほとんどなんだろうな・・・。

文化財に限らず、自分の行動が他人にやられたらという想像力がない。
これは引っ越した頃のブログでも書いたし、引越し前のブログでも何度か指摘してきた。
マスコミでもようやく想像力の欠如という言葉がでた。

昨今のNEWSでは墓石を倒している人がいるという。
かみさんは「なんてバチあたりな」というが、行動的に見て思うのはやっぱり若い者が犯人だろうか?
ただ、現在はそうとも言えず、バチあたりな人間は50代、60代でもいる。
だから「最近の若い者は」は通用しない。

いずれにしても、例えば幽霊がいるかいないかでも書いたが、本当に存在しなくていいんです。
物理的に必死に証明する必要は実はない。
さっきのバチあたりという事を教え込むために必要なことで、子供に何故墓石を倒してはダメかを予算だ、死後の史観だと言っても理解なんてできない。
後から「あの時の事は、こういう意味だったのか」とわかればそれでよい。

しかし、こういった事を信じ込ませるには想像力がなければならない。
物理的な事ではないため、子供もなかなか信じない。
しかし、遠い昔は地域が全てとはいかないまでも、暗黙の了解で協力し、どの親もお化けというレベルで共通した躾が可能だった。
多少想像力がなくても、どの親もお化けで怖い事が起こるというから子供は無条件に信じるようになる。

文化財にしても、過去の怨念に取り付かれる。
大事にしなければならない。
そう教わってきた。
これも大事にすることが”当たり前”で見返りはないが、悪い事をすれば”バチあたり”になるのである。

人を殺すと呪われる。
昨今の殺人事件の人たちはそんな意識がないようだ。
そりゃそうだ。
物理的にありえない事を信じる人はいない。
しかし、子供に嘘を言ってるわけではない。

人を殺すというのは、殺す相手にも家族があり、そのもの達への償いをしなければならず、恨まれるのは当たり前なのだ。
何故自分が殺していいなどと傲慢になれるのか?
簡単だ。
そこに想像力がないからだ。

正直言って、今から7,8年前は想像力の欠如という事を薄々感じながらも、大袈裟かなぁと思っていた。
自分の周りにはそういった人たちが少なかったからであり、そこまで進行しているか不明だし・・・。

ところがネットだけでなく、普通のNEWSにごく当たり前に殺人の情報がでる。
マスコミの成否は別にして、少なくとも殺人は日常でありふれた情報の一つになりつつあるような気がして、それはそれで怖い気がする。

刑法の重罰化や、軽犯罪法の改正、刑務所での償いの方法などを変えて、もう少し想像力のある教育が今後の日本には必要だと思う。
また、我々大人も普段からルールを守る事を考えるべきであろう。
それをした上で、おかしいところを修正していく。
はじめっから破っていいルールはないし、時代にそぐわないルールもある。

そういった事をカバーできる想像力が国を豊かにできるんだと思う。

  1. 2007/01/15(月) 14:24:48|
  2. 子育て|
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モーニング娘。って

新春早々え~!ウッソ~!モー娘。リーダー吉澤が卒業
「モー娘。誕生10年記念隊」がひと肌脱ぎます…「ドラリオン」

いや、こうなると完全に学校だな(笑)。
きちっと時期が来れば卒業するし、リーダーや副リーダーも決めている。
学校? いや、どちらかというと部活動か^^;;。

例えば人気がある段階で卒業できちゃうのがいいね。
もっとも、現状ではそれほどでもないにしろ、人材が育っていることは確かであろう。
まぁ、加護は可哀想だけど、それだけの事をしたからしかたない。
ただ麻薬ではないので、二十歳過ぎたら復帰してもいいでない?(笑)。

第一期からみてると、卒業という名目でいろいろあったけど個性もあるし、それなりに芸能人としての地位は築けたんじゃない?
実際、誰も10年後に活動すらしてないと思っていたんじゃない?
個人的にもそう思っていたけど(爆)。

おニャン子、さくらっこ等、アイドル予備軍の団体は過去に数あれど、10年はまず立派だと思うし、パロプロという受け皿があるので卒業後も活動ができる。
脱退した矢口でもハロプロだもんね・・・。
なんて心の広いことだと思う。
今までの芸能化じゃありえんよ。。。

多少は全盛期が過ぎたとしても、このまま後5年続ければまた波がくると思う。
その時には総決算にしないで継続できるようになっていれば本当にたいしたものだと思う。

女性版ジャニーズになる事はないだろうが、それに近い存在になるかも、あくまでかもですが、あるかもしれないですね(笑)。

  1. 2007/01/12(金) 13:26:06|
  2. 芸能|
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教師より同級生の親に・・・。

【溶けゆく日本人】モラル破壊…子供以下の親

気になったブログ
親の社会性低下は、今始まったものではない様な....
で?
「共育」のススメ
“親育て”の時代へ

モラル破壊…子供以下の親というタイトルが目に入り何かと思って読んでみる。
酷い_| ̄|○

もう何を思ってみても、考えてみても、自分が想像できる範疇を超えている言い草だ。
まぁ、そくもこんな言い訳が思いつくもんだ。
場合によっては単なる言いがかりだし・・・。

すでにあがっていた話題も重複してるが、根本的に親だからとか言う問題なのだろうか?
ここまでくると人間性の問題だと思うのは間違いだろうか?・・・。

気になったブログの中で、愚痴なら誰でもできる。
で?
という事だった。
確かにその通りなので。
こうやってブログでつらつら文句を言ってる人は多いし、それだけ常識的な人がまだいるのだろう。

しかし、私が一番恐れているのは子供の環境だ。
前の記事にもちょっと書いたが、会社の先輩の一言
「学校の先生なんかり、同級生の親に気をつけろ」

これが現実味を帯びてしまった事だ。
昔だってとんでも親はいた。
クラスに一人か二クラスに一人くらいで。
しかし、先輩は違う。
「一クラスの1/3はとんでも親だ」
と言う。

大げさな・・・。
聞いたときはそう思った。
しかし、高校、大学の時代の友達と毎年忘年会してるのだが、そこでも同級生の親は多少なりとも気をつけろという。

こんな情報があったそばから、溶ける日本人である。
こうなると覚悟を決めないといけないと思いつつ、やはり子供のことを考えるとナーバスにならざるを得ない。

自分の子供時代をなんとか思い出し、そこから今の状況を当てはめると絶望的な感じにならざるを得ない。
というのも、子供にとっては学校と家庭が全てで、それ以外はしょせんそれ以外である。
どんなに自分がしっかりしなきゃ、親バカであってもバカ親になるまいと努力しても、環境が乱れていたら犠牲になるのは子供だ。

考えてみて欲しいのは、子供同士というのは非常に狭い視野でつながっている。
そこに自分の子供だけ違う意見や見識を持たせてしまえば、即イジメにつながる危険を持っている。
もしそうならない場合は、今度は先生をバカにしてしまうかもしれない。
あまりに常識的な事が返って非常識な環境になっている可能を示唆しているこの記事は、ナーバスになってしまう。

人は自分だけはとかでは済まない。
かならず社会と接点を細かろうが、太かろうが持っている。
その社会性を脅かす親が増えている事が確実ならば、今は一部でも、それが一部でなくなる可能性があるわけである。

つまり数年後にはとんでも親がクラスの過半数を越しているかもしれない。
ただ、逆に減っているかもしれない。
減っていれば取り越し苦労で笑っていられるが、本当に増え続けていくならば笑ってなんかいられない。
対策ももてない一個人ではどうしたらよいのか?

何も見えない事で悩んでもしかたないが、でも心配ではある。
先生も同級生の親もダメなんて考えもしない世界だ。
憂鬱な日々がしばらく続きそうだ・・・。

  1. 2007/01/10(水) 15:06:34|
  2. 教育|
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明けましておめでとうございます。

昨年も個人的・政治の世界、その他いろいろありました。
今年は元旦に妻は軽い怪我をし、私は昨日風邪だうん。
子供だけが唯一元気なのが救いのこの頃です。

なかなか更新できない状況ですが、今後は転職した場合はさらに更新できそうもないです(笑)。
しかし、ほそぼそとでもがんばっていこうかと思います。

今年は少しでも収入を増やす!
転職か、別の部署にお願いしようかと思っています。

後はそろそろアフィリエイトの準備もしたいです。
子供がいるのでなかなか家で作業できませんが(笑)。

後は会計処理が面倒になってきたので、ツールなんぞを考えています。
CSVを解析して、銀行のデータをCSVでとってこれるので、これを簡単に入力ではなくしたいですね。
せっかくなのでjavaで作ろうかと思っています。

そのほかには、カラオケのデータを毎年やろうとしてましたが、DAMがSTRUTSでやっているため簡単にとってこれなくなりました。
となると、どこかのUDDMから音楽データとってこれないか調べてみようかと(笑)。
まぁ、これは気が向いたらですね。

後はi5でのツールの作成です。
実務で結構あったらいいなと思うことがあるので、それように作ってみようと思います。

その他のは子供の成長とともに自分も再度勉強しなくちゃと(笑)。
数検はちょっとあきらめモードですが。

さて、この中でいくつ実行できるかな?^^;;。

  1. 2007/01/05(金) 10:50:40|
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