じゅぁきのディープゾーン

NEWSからみた、一般的な生き方をしてる疑問点などを提起したり、逆に考えた結果など。 ちなみに文章になるとかたくなるのは、年齢的なもの?(笑)。

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政治家は何を基準にすべきか?

政権に想定外の打撃 年内決着、反転攻勢狙う

気になったブログ
安倍総理、飯島秘書官を借りたらどうか
やはりね。
佐田行革相が辞任の記事を見て
ウソの報告書のウソの調査結果


今回の早々の辞任について、もっと本質的なものを考えてみたくなった。
というのも、TVで報道されている内容があまりに表面的なとらえかたであり、煽動的であり、信用がならないからだ。
ブログが全て正しいとか、自分の意見が正しいなどと思っていないが、少なくともメディアの論調が画一的な方向であるのは読み取れる。

では、そもそも政治家っていうのは何だろうか?
選挙で選ばれるとしてるが、本当にそうなのだろうか?
それとも私たちは大事な何かを見落としてるのではないだろうか?
と、ふと疑問に感じた。

で、この辞任に関して自分なりの精査をし、もっと根本的なものを考えてみたいと思った。
気になったブログの方々は、意見として同じとは限らないですが、全て自分なりに考えを持ってると思われる方を選びました。
勝手なトラックバックですが、ここでお礼させていただきます。
ありがとうございますm(_ _)m。

まず、今回の辞任の裏側はいったいどこに意図が隠されているのだろうか?
安倍政権を引きずり落としたいと思う内部の人間によるものという説が結構多く見られた。
しかし、そうだったとするならば、安倍さんはただのお坊ちゃま扱いということだ。
決して総理になって欲しくてなったという位置にいない。
おかしいと思うのは、仮に支持率が高かったという理由で総理になれたとするならば、画策する連中はいったん総理にしてから突き落とす予定だった事になる。
政治家はそこまでしないと維持できない仕組みという事だ。
これってそもそもからしておかしいはず。

まずはこれが一点目。
次に考えたのが、任命責任という点と、脇の甘さの問題だ。
トラバの中に飯島秘書の話に触れているけど、現実論としては非常に賛同できるし、現時点ではそうであった方がBESTと思える。
しかし人の立場として、また国民の代表である総理としてどうかと言うと疑問がある。
「美しい国つくり」という言葉は知ってるが、その本を読んでないので正確にはわからないが、教育に触れている事からすれば、やっぱり人は人を信じていくべきという考えがあるべき?、そこまで強くなくても信じる事が大切という事はあるのではないだろうか?
とすれば、安倍さんが任命した人は、安倍さんが信じてくれてるにもかかわらず裏切ったという見方もできると思うが・・・。

安倍さんにしてみれば「信用していた人を任命→裏切られた」、でも責任はあると認める。
それ以上でもそれ以下でもないと思うがどうだろうか?
そもそも、政治家で潔白な人は少ない。
小泉さんは、そこを徹底した事でスキャンダルはなかった。
でもねぇ・・・、それって裏を返せば誰も信用してないという事でしょう?
そんな総理はやだなぁ・・・。
それに別に安倍さんが不正を指示したわけじゃないのに。

私は信用して傷つくことが怖いと正直に言える。
ただ、怖いけど信用し続ける人を持ちたいとも思う。
それがそんなに悪い事とかどうかは個人差なのだろうか?

これが二点目で、次は辞任=責任とったという構図はいい加減やめないか?
というところである。
これは昔から自分も思っていた事だが、
辞任すれば、着服したお金もらったまま?
ってずるくない?
特に刑罰に処することなく今後も政治家やるといってるようだし・・・。
過去にも禊済んだぁ!といって選挙でてきて、うかも受かっちゃうし・・・。

責任てそういう逃げで使う言葉じゃないと思うし、なんでメディアはそういうところをつつかないのだろうか?

今回の件で言えば、辞任しなくていいから、罪の内容を全て明らかにして謝罪し、そのお金を返上して安倍さんを支えてくれた方がよっぽどいい。
もらったままはいさよならはないよなぁ・・・。

ただ、返上した上での辞任ならいいけど(笑)。
これが三点目です。

この事から思うに、政治家はなんで選挙で当選し、なんで不正をするのか?
自己の欲望のため?
それだけかと言われると、そういう人も居るけど多くは選挙資金って言うでしょ?
そこを改めないとだめなんじゃないの?

それとどう考えても、この人なんで政治家続けていられるんだろうと疑問に思う人もいる。
選挙区の問題といえばそうだけど、本当にその選挙区は選んでるんですかねぇ・・。
公明党のような組織票が重要な選挙体質だからと思うんですが・・。

これらの考えを踏まえると、結局投票したい人がいなくなるわけです、立候補の中に。

で、非現実ではあるものの、国会議員の投票を立候補から選ぶのではなく、推薦したい人を投票すればいいかというと、これじゃめちゃくちゃです。
ならばやっぱり立候補の敷居を下げて、また小選挙区をやめて大選挙区にしたほうがよいのではないでしょうか?
無党派とか言われる人たちから立候補できるようにして、ただ何でも立候補できないようにどこかに基準は必要でしょうが。

また、私たちも国会議員を選ぶのに地元優先意識を捨てないとダメでしょうね。
それが組織的な票を生み出しているんですから。
それでも納得できないなら自分が立候補するとか。

全く非現実的ではあるけど、今よりマシだと思いますが。
こうして選ばれた方が不正をしずらいだろうし。
と、思ってしった今日でした。

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  1. 2006/12/28(木) 11:16:03|
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教育の基本はどこいったやら・・・。

【正論】木村治美

気になったブログ
清々しいぐらい正論だが

まずは教育基本法の改正にあたり、その表面の論議が一人歩き。
そして日教組というとんでも組織、山教組による政治資金の収集問題なども含めて考えてみるに、教師という存在はあまりに情けなくなる一方だ。

だいたい社会生活のスタートが教師でどうして悪いのか?
一般常識がないから?
これは言い訳と擁護に過ぎない。
だったら80年代、90年代にすばらしい教師がいたことも否定するのだろうか?

子供を持ってから一番の不安は年金でも、増税でもない。
公教育が不安だ。

私立へ行かせるお金の面もないとはいわないが、やっぱり小学生の時は地域に友達がいる事のメリットははかりしれない。
「宿題やんなさい!」
「友達の家に行ったら”おじゃましま~す”っていうのよ」
などとごく当たり前の事を言う。
そして、何か食べ物をいただいたなら、ご近所付き合いで
「この間はうちの子がご馳走になったようで」
などと母親同士が会話する。

こういった積み重ねによって、地域は守られていく。

私立に入れれば、少なくとも問題ある教師に会わない確率は高いが、人間としての成長に問題が生じやすいと思う。
これは偏見といわれればそうなのだが、やっぱり地域社会から離れるという事があるからだ。

よって、できれば公立の小学校には入れたい。
その先は私立でもいいかもしれないが、できれば公立の中学校に入れたい。

しかし、現状、自分の周りには子供持った先輩父親がいる。
話を聞く限り、まともな先生を期待するほうがおかしいという。
もっとも、同級生の親に気をつけろというオマケ談話つきだが^^;;。

では、私はいったいどういった先生を”よい先生”と思っているのだろうか?
よくよく考えてみれば基準が曖昧という事に気が付く。
勉強をしっかり教えてくれるのがいい先生とは思わない。
では何を基準にしてるのか?
まだまとまった持論まで消化してないが、思いつく限り書いてみよう。


最低限のルールを、先生の生活として守ってる人。
子供がルールを破ったら、叩いてでもわからせてくれる人(自己満足にならずにという制限つき)。
相手を思いやるという事を常に探求し、その時点で説明できる人。
子供の質問に真剣に取り組み、わからない事はわからないといってくれる人。
将来という事を見据えた授業を出来る人。
自分は先生で聖職であると同時に、人間として悩み・苦しんでる人。


ぱっと思いついたのはこんなところ。
ただ、これって過去に自分が教わった先生がそうだったように思う。
子供の時はわからない事でも、大人になって社会にでてありがたみがわかった事もある。
そういった先生にうちの子は預けたいと思う。

しかし現実はそうは行かない。
しかも、先生だけでなく、同級生の親の方が大問題という。
つまり、下手したら子供を学校に行かせない方がいいという、とんでもない結論に達してしまう。

こういっては何だが、自分はそれほでの出来物ではないと自覚してるし、自分を守る事を考えながら生きている。
しかし、それでも子供を育てることに戸惑いもあったし、だからといってリセットが効かないことなんて承知している。
だからこそ自分の子供にも苦労はするだろうが、せめて真っ当な人生を歩んで欲しいと願う。
犯罪をせず、誰かを好きになったり、なられたりしながら、社会にでて、社会に貢献し、いずれは結婚して孫を見たいと思う。

そんな事も実現できないような世の中なのだろうか?
そこまで日本はひどくなっているのだろうか?
あまりに非現実な世界ばかりと思っていたNEWSが非常に身近に感じた。

そのタイミングでの法改正である。
最初は現実的なところから考えればいいのかもと思ったが、よくよく考えてみればそこに


1.日本人というのはという概念が全く存在しない。
2.子供は宝であり、全ての大人がかかわる事が必要であることもない。
3.いったい何を目指したのかの前提がかかれていない。


いない事に気が付いた。
教育”基本”法なのだ。
抽象的で概念的でいいのだが、中途半端に現実感を織り交ぜている。
どうもそれがいろんな矛盾をよんでいるように感じるし、また都合よく解釈する”労働者のバカ者”がいると思う。

もっと根本論を議論してもいいのではないだろうか?
それと平行して現実論も大事だ。
ただ、理想と現実をきちっと分けて議論できないなら、そんな議員いらない!?(笑)。

  1. 2006/12/27(水) 16:58:42|
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自衛隊の皆様にはご苦労様といいたい・・、が

【正論】大原康男 イラク派遣自衛隊のみごとさ

まず、イラクに行った自衛隊の皆様には本当に頭が下がる思いです。
まともな装備もできずに、ある意味犠牲的な立場で行かれた事でしょう。
そして最高の結果「誰一人犠牲になることない帰還」までしていただいた事に感謝すらします。

ただ彼らは最大限の努力をし、イラクの国民に信頼までされたのにもかかわらず、そもそも論で彼らに賛辞を送らない情けない人間がいることも確か。
この際だから言うが、彼等は違憲だから悪いとか関係ないじゃん!!ということだ。
だいたい派遣した事じたいと、その命令に従った者とどうしてごっちゃにできるのだろうか?
そんな事も理解できない政治家やマスコミのお偉方はいらない。
子供過ぎて笑ってしまう。

まぁ、マスコミも情報操作が昔ほどは効かないことに焦りはあるのかもしれないが、卑劣すぎる。

さて、今回の自衛隊派遣に関して言うならば、実は私も違憲だと思う方である。
少なくとも自衛隊は名前の通り自らを衛るための隊であって、海外で災害復興支援をするための隊ではない。

そして、反対や文句を言うのは誰にでもできるが、一応これに関しては持論を持っている。


本来的な意味からすれば自衛隊が国内外を問わず救助活動や災害復興支援をするからおかしい。
救助活動や災害復興支援は消防とは別のレスキュー部隊を編成することで自衛隊から切り離す。
もしこういった部隊を国内の場合は必要がないだろうが、海外に派遣依頼要請があった場合は、相手国に警護のため自衛隊派遣を要請する場合ありとする。

これはレスキュー活動において、”日本人を守る自衛行為”として認めてもらえると思う。

イラクにして鑑みれば、レスキューと自衛という二つの側面でアメリカのSHOW the FLOGにも応えられるし、イラクだって復興支援という事で致し方ない面はわかってもらえるだろう。

また、この形態であれば海外の人たちはきっと日本も普通の国になったんだということで受け入れやすくなるだろう。


はっきり言って素人意見であって、予算や維持活動については考えてはいない。
消費税から維持活動の費用を出すのか、それとも税制の抜本的改革によって事足りるのかはわからない。
ただ使途不明の特別会計や、道路の一般財源化でできると思う。

このレスキュー隊は消防のバラバラのようで横の連携をとっている部隊をベースにすればさほど予算はかかるまいと思う。

もしこういった部隊の場合は日本の地震災害時も出動ができるだろう。
また復興支援の技術も持てば即出動ができるであろう。
自衛隊ではないので、閣議の了承は必要がない。
内閣の特別な拘束がないので、対応が速やかに行われ、私たち日本人にはかなりメリットのある話だと思うが・・・。

自衛隊が闇雲に派遣される懸念も払拭できるし、個人的にはいい案ではないかと思うが、どうだろうか?

  1. 2006/12/25(月) 13:55:17|
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ボーナスのアンケート

私は個人事業主のため、ボーナスなるものがありません。
これがいいか悪いかははっきり言ってわかりませんが、個人的な性格からすると合ってると思います。

そもそもボーナスとインセティブの違いがある日本では、ボーナスもらって嬉しい!!
っていうのはどうかと思うんですよね・・・。
だって、結局経理の計算ではボーナス込みで年棒を計算してますから。

どこの会社もそうだとはいいませんが、多分一般的に年棒から16か17で割ったお金が毎月の給料です。
そして、4,5ヶ月をボーナスで支給します。

でも・・・、よ~~~く考えてください。
年棒を割った値を使ってるんですよ!!
本来一年間で貰えるはずのお金なんです!

で、業績が悪いからって減らされる可能性があるボーナスっていったい・・・。
という不信感から絶対にいつか個人事業主になってやると思ってました。

そもそもインセンティブというのは年棒にプラスしたもので、ボーナスじゃぁないんですよね。
そこのところがごっちゃにしてるのが日本の企業がうまいなぁと関心したところでした。
まぁ、今はボーナス=インセンティブに近くなってきてるのかもしれないですが。

個人的な性格からいっぺんにお金もらうと、いっぺんに使っちゃうので、そういった事からもボーナスより毎月定額の方がいいですね。
結局、そのほうが楽だし、たしかにいつやめさせられるかわからないリスクはあるけど、社員だって今はそうでしょ?

その代わり勉強しましたし、今もしてます。
当然、リスク分散という意味から、たくさんの分野の勉強してます。
もっとも、コンピュータの業界なんて狭いですけどね!

だから、ボーナスに不満なんて事がないようにがんばっています!

  1. 2006/12/22(金) 09:18:17|
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たまには浮世を離れて

オカルトの世界について考えてみた。

実は前のブログで書いた事にも関係している。
それは幽霊についてだ。

遠くない昔、日本人は幽霊の存在を信じていた。
いや、正確に言えば、教育上の情操の一環としてだけど(笑)。
何を言ってるかわからないだろうけど、要は大人は本当にこの世にいるかどうかわからなくても、子供の前ではいるように演じていたということ。
それは何故だろうか?

そもそも幽霊・・・、というかお化けというレベルだけど、これはどう考えても大人が子供をしつけるために長い間培った物語としか思えないところが多い。
まぁ、迷信なんかもそうなんだけど^^;;。

例えば悪い事をすると、誰も気がつかないと思ってもお化けが見てるとか、人を殺せば必ず恨まれるとか。

誰にも気が付かれないと思っていても、誰かに見られているから悪い事はしちゃダメ。
怨まれるような事をすれば、その怨念にとりつかれるからやってはダメ。

という事を子供のうちに言い聞かせ、大人になったらそれが嘘だとわかっても、身に付いた罪悪感は消えないという事だろうと思う。

だから、お化けは”存在”してなければならない。
だと思っています。

さて、お化け、まぁ幽霊もそうですが、いろんな事で科学的に言えば私は信じていません。
実際に幼い頃は見たり、それなりに経験もしましたが、どうしても物理的に無理がある事から、自分が作り出した幻ではないかと思うようになりました。

当時はやりの”ムー”とか、清田さんとか、その他それに関する書籍や普通のマンガなどからも情報を得ていままできました。
そこで、ある仮定が成り立てば幽霊の一部は説明ができます。
また、これにより接触テレパスもそうかな?


仮定:人は電気信号のようなものを体外に発する事が可能


実際によく言われるのは脳波や微弱な電磁波などオカルトものでは最近、いやここ10年くらいで有名になりました。
ただ、脳波はあくまで人体の機能に命令するもので、脳内の記憶を出してるものではないということ。
微弱な電磁波も、普通に考えれば電磁波を記号として送受信したとして、物理的なエネルギーに換算すれば人体に耐えられない数値になります。
つまり微弱じゃね~じゃん!!
ということなんだけど・・。

有名どころのマンガではサイコメトラーエイジとかでは、残留思念というものを読み取る事でイメージを自分の中に再現できるとしてます。
たまたま今読んでる、角川ホラーの「樹海」は電磁波で説明してます。

で、自縛霊といわれるものは明らかにその場所に残った思念だと思います。
ただし、それは死んだものではなく、見たものでしょう。
あまりに酷いものを見た人が残した思念だから、同じ擬似体験をする。
で、見える人と見えない人の差は、読み取れるか、読み取れないか。

つまり、人が読み取れる電気信号のようなものがそこにあればいいわけです。
そのひとつが残留思念という言葉になっていると。
まぁ、電磁波そのものが残るとは思えないので、あくまで”電気信号のようなもの”です。

また接触テレパスは、単純に信号を相手の肌に送ればいいし、そもそも映像を残せるくらいの何かであれば、言葉を送る事はたやすいでしょう。

しかし普通に考えてみると、電気信号であれば人体からでる場合は明らかにエネルギーが大きくないといけません。
コンピュータだって映像を送ると大きなファイルになるでしょ?
つまり信号として考えればとても人体で対応できるようなエネルギーではないのです。

そこで、条件的に考えられるのは、エネルギーがほぼ”0”の電気信号に変わる何かということ。
もし、これが見つかれば幽霊は5,6割解明できると思います。
解明できない幽霊は、誰も見てないのになぜか残ってる残留思念と、死んだ人がいた時代にないものを、会話で言ってくる場合の幽霊ですね。
つまり残留ではなく、思念が生きてるということになるからです。

と、まぁ、科学的(?)に素人考えでもいないはずの幽霊ですが、子供の前ではいることを”演じ”ようと思います。
いつしか私と同じように、大人になって、「嘘だけど、納得」と思うように・・・。

  1. 2006/12/21(木) 17:53:41|
  2. 小言|
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祖母の他界と近所付き合い

めっきり更新が途絶えていましたが、先週はいろいろありました。
水曜日は仕事のPCが新たなのを支給され、移行作業で遅くなる。
木曜日は体調不良だったけど、早めに治そうと会社を休んでみた(笑)。
でも、翌日は途中まで出勤しようとしたところ、普段全く大丈夫な電車で吐き気に襲われる。
ノロとかではないとわかっていたので、風邪かなぁと思っていた。
無理して会社にいってもよかったけど、その日はなぜか休まないといけない気がして、帰宅後に病院へ。
診察は風邪によるものだろうということになった・・・。

金曜日は体も重く、異常に眠気に襲われて家にずっといた。
すると夕方も終わる6時前に電話が・・・。
うちの実家のお袋だった。

「さっき、おばあちゃんが亡くなったって連絡がきたよ!」

遡ること9日に実家に遊びに行ったときは、5,6日は危篤で呼ばれたが、持ち直して地元の病院に転院したよぉなんて聞いていただけにビックリ。
来年の春頃にひ孫をもう一度見せたいと思っていただけにショックでした。

そして、土曜日は朝早くから田舎にうちの家族と私の両親を乗せて行きました。
多少の渋滞もあったり、子供がお腹をすかせたりがありながらのドライブで5時間かかりました^^;;。
いつもは4時間以内につくのに(笑)。

日曜日には納棺と告別式を終え、月曜日はいろいろあって会社を休みました。

そして、祖母はなんといっても91歳で大往生で、眠るように息をひきとったとの事で、幸せな亡くなり方でした。
また、そうでなければいけません。
人を怒ることなく、穏やかな性格で、いつも笑顔を絶やさない人柄で、最後までいろんな人に愛されていましたから・・・。

納棺の時に見た顔は今にも笑い出しそうで、ただ寝てるかのような気さえしました。
天国へと旅立った祖母にご冥福をお祈りいたします。


さて、ここでちょっと・・・、いや結構むかつく事がありました。
まずは孫の構成から言うと、祖母の長男(すでに他界)には4人の孫がいました。
私は次男の子供で一人っ子。
次女には二人の子供がいましたが、一人は若年性リウマチという不治の病でなくなっています。
もう一人は次女の旦那のところに行ってしまい、祖母の実質の孫は5人になります。
つまり、私以外は長男の子供という事です。

長男の子供は上3人は女性で、末っ子が男性。
3人はすでに既婚者という構成です。

ここで何がむかついたか?
それは内孫・外孫ということで私は孫なのにお客さんなんだそうだ。
親父は直接の子供で、また長男がすでに他界してることもあり、子供一同に名を連ねることができたが、私は孫一同ではできないといわれた。

この田舎町の葬儀は、葬儀対象となる家は基本的に何もせず、リンパ班というご近所の仕切りで行われる。
このリンパ班の言う通りに全てが仕切られる事で連名にできなかった。
しかたなく花輪を一人で買ったが、祭壇に飾るものであると思ったが、そうではなく、葬儀上の外にある他人の花輪の中に入れられた。

さらに告別式の終わりに喪主や子供が遺品を運ぶのに名前を呼ばれるが、私はてっきり4人の孫の後に呼ばれると思ったが、飛ばされて地元の有力者が呼び出された。
うちのお袋が花をもらって出なさいと行って出たが、内心むかついた。

さらに、葬儀の宴(要は宴会なんだけどね^^;;)では家族席に私たちの席がない・・・。
空いてる席に行ったけど、このときばかりは呆れてしまいました。
もし、単純に間違いとか手違いだとしたら、あまりにお粗末過ぎるし、そもそも花輪の段階で”絶対に”手違えとは思えない。
だって土曜日に花輪の件はやっていますから。

そりゃね、田舎と今のすんでる所は遠いけど、高校生までは毎年夏休みに行き、大学生のときも3年のうち2年は行き、社会人になっても数回行ってます。
かみさんを婚約者の紹介としても祖母に挨拶に連れて行ったし、去年はひ孫をみせにお見舞いもかねて会いに行ってるんです。

少なくともリンパ班の人たちは私に最低限の孫の扱いはあってしかるべきだと思うんですよ。
あんたら他人が仕切るんだったら、血縁の私には。

ただ東京にいるからってだけで、近所付き合いがないってだけで本当に腹が立ちました。

これが、全然お見舞いも来ない、嫁さんがいるかどうかもわからないような状態でぽっと湧いてでてきたならしかたないけど、親戚は自分の結婚式にも呼んでるし、交流があったのに。

こういって、自分の人間の小ささをさらけ出すのもどうかと思うけど、やっぱりむかついた・・・。
でも、もうすんだことだし、今日で最後にします。
ばあちゃんに笑われちゃうから(笑)。

  1. 2006/12/19(火) 18:14:26|
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問われているのは・・・

【正論】川本裕子 公教育再生は「競争環境」の中で

<参照>
競争環境よりも

大人が大人を批判し、責任逃れが横行し、自分事を棚にあげてあ~だこ~だいう世の中。
子供は実直に大人の行動を見て、あ~こうすればいいんだと思う。

何が問われているかといえば、全ての大人の行動である。
当たり前すぎるくらい当たり前であるが、意外に自分だけはとか、見てないからという発想は子供はよく見てる。

公教育はすでに”死んでる”とこの間、中学生一人、小学生二人をお持ちの先輩にいわれました。
そして、それ以上に問題なのは同級生の親だそうだ。
とんでも親が多いこと、多いこと・・・、と言われ、そんなにひどいのかとたずねたところ、即答でクラスの3,4割の親はダメ親らしい。

つまり、教育だけ優良にしようと努力しても、親が邪魔をするという。
なんとも情けない状況らしい。
かと言って私立に入れるお金はないし、子供の生活面からはやっぱり公立の方が友達が間近にいるためいいという事もあります。

しかし、このような状況で親が先生を評価なんてできるのでしょうか?
給食費を払わない親とか、体罰と躾の違いもわからない親がいるのに?
と、疑問をもってしまいます。

そもそも幸せの価値観もない、犯罪の価値観も低下、思考能力低下の現在では、そもそも大人が教育を受けないといけないのでは?(笑)。
政治家もそれこそ免許制にして、悪い事をしたら免許剥奪して欲しいね。
禊終わったとか言って再選してるしさ・・・。
売国奴とは言わんけど、明らかに日本の国益になるの?って発言してるY/Kラインとか、山教組を票田してるkしいしとか・・・。

子供の正常化とかたいそうな事もいう評論かも、まずはお前が正常化しろよと突っ込みたくなる薄い理論。
とは言え、せめて、そうせめて学校の先生くらいは普通でいいです。
いい先生なんて望みません。
私が過去に出会ったほどいい先生でなくていいから、普通の先生が多くなるようにして下さい。

これだけはお願いします・・・。

  1. 2006/12/13(水) 16:44:56|
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認知される事の難しさ

【主張】北朝鮮人権週間 拉致被害国の連携強化を

家族会も本当にご苦労様です。
この国は自国の民を掻っ攫われても、平然と出来る政治家が多数いる国です。
北朝鮮に米支援を拉致との取引に使えと訴えていた家族会の方々。
あの頃はいったいどっちなんだろうと思って見てたTV。

「さすがに国民が攫われて平気な政治家は・・・、いないよね?」
なんて親と会話してた。

いっぱいいた(ー◇ー;)

それから考えれば小泉さん、食い散らかしとはいえ、とりあえず拉致があった事実を引き出した功績だけは讃えていいだろう。
もしあれがなかったら、拉致という存在は限りなくグレーのままだったろう。

一部家族が帰国を果たしたまま、進展させたくてもできないイライラ。
結果責任は小泉さんにいくべきなのにね。
まぁ、そりゃどうでもいいか。

さて、結局のところ我が国では埒があかないとの事で、後ろ盾は安倍さんだろうけど、家族会の代表、横田夫妻はブッシュに会う。
これがきっかけとまではいかなくても、これが少なくとも世界中に北朝鮮の拉致問題を知らしめる結果になった。

アメリカに頼るのもここまでくると滑稽ではあるが、現状ではいたしかたないから笑えないか・・・。
ただ、アメリカだけでなく、各国の拉致被害者の総会などをやるとの事で、これは非常にいいことだし、国際世論を動かすいい機会であろう。
少なくとも、拉致の疑いのある段階で国同士の決着を避けられた被害者は、ようやく訴える場所ができたわけだから。

いろいろこの国もやっと本腰を入れだした事だし、なんとか早期に解決していただきたいと願うばかりである。
声援だけは常に送りたいと思う。

  1. 2006/12/12(火) 15:03:56|
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子供の能力は

【正論】芳賀綏 「蓄える文化」こそ豊かな心の母体

この漢字に制限がいろいろあるなんて知らなかった。
そもそも自分は漢字辞書で勝手に難しい漢字調べていた、かわいくない子供時代だったし♪

そりゃね変わり者と言われるわな^^;;

単純に言って、自分が子供らしいかといわれると、小生意気な憎たらしいガキだったと思う<自分で(笑)。
ただ、やっぱり思考という点では幼いなと思うけどね。

さて、子供の吸収力という点では、私は自分の経験からもそうとうあると思います。
よくアインシュタインは学校の成績が良くないからなどと言われるが、彼は成績が悪かったのではなく、思考能力が大人を既に越えていたためであって、凡人には通用しない。
というわけで、我が子にそんな期待は全くない・・・、いや、それくらいの期待が持てるなら持つけど、今のところまだ片鱗は見せていないから(笑)。

しかし、思考力を生まれながらに持ってる天才ではなくとも、一般的に子供の記憶力は高い。
それは集中力があれば子供は記憶する事ができる。
また、そういった事を簡単な訓練でできるようにもなる。
それは数字憶えゲームでもかまわない。

そもそも言葉というのは、正しく伝えたい時と、行間に意味が込められている場合がある。
正しく伝えるためには数学が必要だ。
しかし、行間を読むのには国語力が必要だ。

また、漢字の成り立ちや、漢字の組み合わせなどの方法論も必要だろう。
これらを子供は瞬時に興味さえ持てば憶える。
また感じる事が可能なのが子供だ。

たとえマンガであっても、その絵の中の情報を引き出す事をすれば国語力は自然とアップする。
「あ~楽しい」とか「バッカばかしい」だけで終わり、その物語の精査をしないからいけないだけだ。
小説やマンガは漠然と読んでも役には立たないのだ。

世の中にはどんなものでも勉強に役立てようと思えば役立つし、そうしなければただの無駄になる。
個人的には学校のレベルに合わせるつもりは毛頭なく、子供が興味さえ持てば教えたいと思っている。
後は、それを自慢しないように教育する事を忘れないようにしなければと・・・、肝に銘じて(笑)。

  1. 2006/12/11(月) 16:42:51|
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本田美奈子.さんについて

【本田美奈子.さん急逝1年・上】思わぬ白血病の宣告

もう一年もたつんですね。
気がつけば時は本当に流れているんだと思います。

私は高校時代、アイドル・オタクと言われていました(笑)。
別にアイドルだけじゃなく、ロックにも興味があったんですが、イメージって怖いですね、勝手に一人歩きしてくれちゃって^^;;。

そもそも本田美奈子.さんは.のない頃にアイドルでした。
一応ね♪
私が見たときは「なんて棘のある鋭い声と、滑らかな甘い声を使い分けるんだろう」と思ったことです。
アイドル=歌が下手という時代の終焉を告げるできごとなんですかね。
この頃から平均以上の歌が歌えないと、ピンでのデビューは難しいという構図になったのは。

テレビで見たのに、その迫力が自分には伝わってきました。
殺意のバカンスを聞いた時の刺々しいくらいの声。
好きだといいなさいのところの甘い囁き・・・。
いや~、ファンになっちゃいましたよ(笑)。
レコードも買いましたよ!<レコードって^^;;。

そしてよみうりらんどの小さい方のステージを見に行きましたね。
後にも先にも、おっかけぽい事したのそれが最初で最後でした(笑)。

正直言って、歌がうまいだけではない彼女に魅力を感じてました。
当時はアンチ本田なんてグループができるくらいファンは片身が狭かったんですよねぇ。
なんせ、イジメてあげ~る~ ウフフなんて歌詞を歌いこなしているんですから、それにクラクラかイライラかってな具合。
イライラした人はアンチなわけですよ(笑)。
若い! の一言ですけど、今なら^^;;。

それにしても個人的に思ったのは、脱アイドルをしたいがために組んだバンド。
あれで冷めちゃって。
ロックが好きなんですが、何か違うんですよね、彼女の場合。
当時はSHOW-YA大好きでしたから、美奈子さんがロックをしても、アイドルじゃないからなんて事はなかったんですが。

そしたらいつのまにかミュージカルで大活躍してるではありませんか!!
ミュージカルはちょっと苦手なので見に行く事はなかったのですが、いつかディナーショーとかやれば行きたいと思っていました。

そしてクラシックのジャンルに挑戦。
これで歌手として活動するのかという矢先に・・・。

残念です、正直言って。
実は子供ができたら、本田美奈子のディナーショーには連れていきたいと思った事がありました。
その念願の子供はできたのに、行く場所がない。
本当に残念です。

ところで、病院で一時退院の時のアメージング・グレイスの歌声はかつての刺々しさがなくなり、いろんな事を乗り越えてきた歌姫の歌声に聞こえました。
それを聞くたびに、「あぁ、もういないんだ・・・」と思いました。

ロックをやってる時とは違い、この声を予感してたといったら都合良過ぎなのですが、今にして思えば本田美奈子という人物は歌うために生まれ、そして居場所を見つけたから終わっていいよって天に帰っていったのかもしれないと思いました。

きっといつまでも忘れられない歌手・本田美奈子。
ご冥福をお祈りいたします。

  1. 2006/12/08(金) 15:26:31|
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制度に頼りすぎてないか?

【主張】教委の体質 遅すぎる教壇からの排除

ここ最近の記事をみると、教育に関しての記事が目立つ。
イジメや教育基本法、その他教師の問題など。
その度に言われるのが現行システムの問題だ。

何故、こんなにもシステムに傾倒するのか個人的には不思議でしょうがない。
むしろ、日教組などの無駄な団体を解体して、本来の教育のあり方を考えて欲しい。

コンピュータでもそうだが、システムに使い勝手ばかり求めて、今あるものをダメと決め付ける。
そうではなく、見方を置き換えたり、ローカルルールで運用し、お金をかけなくてもやりようはいくらでもあるのだ。

つまり、教育の現場に至ってもそういった取り組み方がまずは先だ。
それでも対応が不適切になるのであれば、はじめてシステムの変更をすればいい。

マスコミの論調は、自由に発言するが責任取らないよっていう方向で情報を流している。
よって、子供達も無責任になるのが普通だと思われている。
それは違うといってもわかんないだろうなぁ・・・。
おっと小言だった(笑)。

システムに傾倒する人達の意見や、記事を読むと共通してるのが、責任はシステムを作った人ばかりに向けられる。
それを運用する人達はそっちのけである。
それか、全くの逆論である、運用する人だけが問題であるかの、物凄い白・黒を求める。

ちょっと考えていただきたいのは、自分がそれほどはっきり白・黒言えるような生き方してるの?
って言う事。
世の中では灰色がほとんどでしょう?
だから人は悩み・不安になり、灰色をルールによって解消しようとしてるわけです。
だからルールを破れば自分の生活を脅かすというのが基本です。
もっとも、ルールは社会に必要であって個人を守るとは限らない。
そこは考えどころですが・・・。

そして、ルールにそってシステムが出来、運用していくわけです。
この流れを正確につかむ事で初めて問題を提起し、解決方法を探る必要があります。

ところが、ま~ったくそういった論法は見つからない。
どこが悪いとか、どこが間違ってるとか、それが大切な時もありますが、教育に関してだけ言えばそれだけじゃなく、いかに灰色の部分をルールによってシステム化されたものを運用するか。
それが大事なんだと教えることではないでしょうか?

そして、それは永遠と続く歴史で対して差はないと思います。
人としての本来論なんですから。

法律がなぜあるのか?
どうして義務教育があるのか?
そこまで説明できないんでしょうね、彼等は。
いや、説明はある程度決まったものがあるからできるでしょうが、きっと無作為に質問されれば戸惑うのでしょう。

教育委員会とか日教組なんて無駄すぎる組織はいらないですが、現場の教師の意見交換、特に他校との意見交換の場は必要でしょう。
それから、教師にある程度裁量をあげるが、教師が責任は取れるように学校が行うようにすれば、もうちょっとよくなるような気がします。

その程度の覚悟がない人が教師になって欲しくないです、逆に。
私の出会った先生達は偶然にも覚悟を決めた先生だけでした。
怒られた事を教訓に今もいます。
それくらいしっかりした先生が過去にいました。

そして先生が悩み、苦しんでる事は後から知りました。
でも生徒だった時には微塵も感じませんでした。
責任の重さに耐えながら、必死に対応してました。

そこにはシステムに責任転嫁する姿はどこにもありません。
今ある制度の中で精一杯教育に対して真摯に授業をしてる先生がいました。
今でもそういう先生がいるはずです。

しかし、そうじゃない先生が増えたのでしょうね・・・。
だから今回のような問題の先生が教壇に立ってられるのでしょう。

確かにそういった先生には即退場をお願いしたい。
しかし、もっと本来のシステムに頼りすぎてる方向も見直して欲しいものです。
運用で今回の件はカバーできるはずなんですから・・・。

  1. 2006/12/06(水) 10:35:14|
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赤ちゃんポストについて

昨日は、初めてしった赤ちゃんポストが日本で初めて設置という事。
で、早速記事を調べてみたりした。

元ネタ
全国初「赤ちゃんポスト」設置へ 熊本市の慈恵病院

その他気になったBLOG
日本でこのシステムは有効か?
【赤ちゃんポスト】 賛成ですが
あかちゃんポスト
「赤ちゃんポスト」の賛成・反対について・・・

もともとドイツに赤ちゃんポストなる、幼児、特に乳幼児を保護する目的のもの。
この存在は一年くらい前だったかに特集で見たことがあり、なるほどと思ったことがあった。
そのドイツでも賛否両論のすえ、踏み切った結果はまぁまぁ良好だという。

さて、この赤ちゃんポストに関して、当たり前のように賛成・反対がある。
そして、この病院の院長のインタビューや置くに至った経緯を見れば、個人的な意見として
「苦渋の選択の結果の設置」
であろうと思う。

まず、賛成派は押しなべて命を大切にするという観点から。
反対派は、子供を簡単に捨てる親を増徴という。
これってどっちも正しい発言なんですよね。
つまり答えのない議論に発展しかしません。

そこで考えないといけないのは、理想的な発想。
一番の理想は親が子供を捨てないという事以外にない。
そもそも子供をどんな理由があろうと捨てる。
これがおこる社会はいけないというのは簡単だ。
しかし、それを実現できる環境でも、今度は親がどうしようもない場合や、本当に個人的な環境に問題がでてしまう場合もあるだろう。

となると、それを保護することの正当性だ。
親権の問題だってあるだろうし、それまでの養育に関する費用だってあるだろう。

次の理想はではなんだろうか?
そこで私が思うに「子供を捨てても生きていて欲しいと思う心」ではないだろうか?
しかし、この発想ほど矛盾してる論理はない。
そもそも子供を作らない努力を怠ったというのが捨てる親(母親とは限らない)にはある。
なんて身勝手な発想だと思うだろうが、子供が産まれてしまっているわけだ。
それでもなお、生きていて欲しいと思うならば、その受け口が必要だ。

そこで、病院では過去に赤ちゃんに関する親の相談業務を何年もしていて、実際に現場での相談業務は真剣にやっており、それでも子供をつくらない努力を怠った嫌悪感から、自暴自棄と思考能力の停止(低下ではないそうだ)から、赤ちゃんポストの設置に踏み切った経緯があり、上記の受け皿にしたいと思っているという。

つまり、児童相談所やその他の機関ではどうしても匿名でないため、後ろめたいのだという。
それなりに良心の呵責があるわけだ。

だとするならば、受け入れ体制だけでいいのか?
という発想、つまり反対派の意見がここで生きてくる。

ここまでは賛成派も反対派もなんとなくわかっていただけるだろうが、やっぱりこのシステムの欠陥でもあり、特徴でもある匿名性だ。
つまり、簡単に赤ちゃんが捨てられるという事を思うバカ親がいる事だ。
詮無い気持ちと、後ろめたさからくる場合は反対派だって多少はしかたないとわかっていると思う。
しかし、このシステムでは作り捨てを冗長するのは止められないのも事実だ。
だから反対派はもっと親の責任を追及して、そういった事を阻止する方向性があるはずだという。
私もそれは思う。

ただ、どの時代でも、どの国でも子供は常に犠牲になる。
残念ながら、人はやさしい人もいれば、無関心で無責任な人も常に存在するのだ。
だから、赤ちゃんポストに関して言えば、

設置しないでいい社会性を身につける努力をしていきながら、しかたない場合を受け入れるための一環として必要だろう

としかいいようがないのが現実なのではと考える。


ところで、もし国がこれに関して関与するならば、と考えた場合、次のようなことを思いついた。
1.教育の段階で、このポストの必要性と本来的に不要になるような努力を教える授業が必要
2.税金を投入するわけだから、ポスト設置に関して基準を作り、談合のような事や、老人ホームのような利益誘導をおこさせない仕組みつくりをする
3.親権を取り上げて、二度と捨てた者へ返さない事
(例外として裁判で取り戻せる仕組みはあり)
をしないといけないと思う。
そうでなければ国に関与して欲しくない。

インタビューは病院側の意見のみで、最近のマスコミは情報操作が目的で番組作っているから一方の意見だけで判断するのは危険だが、現実にNEWSにならない乳幼児の捨て子騒動が結構な数存在している。
例えばロッカーに捨てられて、生死にかかわらずだと毎年10件前後はあるらしい。
あれ? 記憶が違ったかな・・・。
すみません、正確な数字はどこでわかるのかな?

ただ、一桁ではなかったと思います。
それ以外に川に捨てたり、結局DVされたりと、子供の命の危機が存在してるのは事実であろうと思います。

そのうちの何件でもいいから救いたいという病院の判断自体は悪いとは思えない。
そこに何か利権がかんらんでいたとしても、少なくとも救える命は救うのは悪い事に思えないのです。
反対派の人の意見も非常にわかるのですが、どう考えても今ある命を救う・・・。
命はこれも残念ながらなくなれば戻ってきませんから。

というわけで、苦渋の選択の結果の設置という事になっていくと・・。
私も子供いるので、捨てる親の気持ちは申し訳ないが理解できないし、そんな親になる友達もいないので、どうして捨てられるのかをむしろ知りたいくらいです。
聞いたところで理解できる自身はありませんが、少なくとも、こうこうこういった時に思うんだというケースを想定できれば、今後の役に立つと思うのですが、自分が。
まぁ、ないと思うけど、万が一そういった相談を受けた場合になんですが・・・。

正直言って、理想論ほど意識が統一されてないといけないものはないです。
ただ、それに向けて努力をすることは怠っていいわけじゃないはず。
どうもそこが、同世代にも若い世代にも抜けてるような気がします。

  1. 2006/12/04(月) 14:17:56|
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