じゅぁきのディープゾーン

NEWSからみた、一般的な生き方をしてる疑問点などを提起したり、逆に考えた結果など。 ちなみに文章になるとかたくなるのは、年齢的なもの?(笑)。

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世界アニメ事情(主に韓国)

今回はたまたまドラゴンボールZがハリウッドで映画化されるというNEWSから、実は韓国ですでに実写化されいる情報を知り、さらに北斗の拳まで韓国では実写化されている事実にビックリ!!
しかも低~~~~~いクオリティで、笑える程のできばえ。

さらに調べてみたところ、韓国ではアニメ、マンガなどを数々海賊版で発行し、またいかにも自国の文化のようにしている実態があるという事に驚く。

さらに韓国とは別に「キャンディ・キャンディ裁判」や「フィリピン『ボルテスV』事件」などを知り、世界での日本のアニメ・マンガ事情がいろんな見方があろ事を知って驚愕||| ̄□ ̄)!

そんな事情はネットでしか手に入らないだろうなぁと思います。
基本的に私は嫌韓よりではあるので、どちらかというと否定的な意見になりますが、そこは前提にして以降お読みいただけると助かります^^;;。

そもそも、北斗の拳が実写ってどんな感じなのだろうかと思って気になって見つけたBLOGみたら・・・。
でぶっちなレイ!? 卑小なラオウ!!
あれ? 北斗新拳って建物爆破するの?( ̄∇ ̄;エッッ…

服が白いだけでシロガネーゼって解説の面白さもさることながら、ユリアがひどい・・・。ありえない人選orz。
しかも最後にケンシロウがラオウに負けてるし!!!

なかなか面白すぎて笑ってしまった^^;;。

そこから韓国のパクリ事情のHPを見つけていろいろ見たら、「鉄腕アトム」が名前忘れたけど、自国製のアニメと思わされていた人の話があって、実は日本製としって愕然とした話などを知った。
他にもたくさんありすぎてかけないくらいパクリ。

パクリならまだしも、そのまんまを別のものとしてハングルあてて自国製にしたてあげてる場合もあって・・・。

実はパクリって多少はしかたないと思うんです。
例えば日本が音楽的に黎明期だったときは洋楽のパクリ多かったし、実際に聞き比べてみると確かにパクリと思えるところがあるけど、ただ韓国のようにいつまでもパクリでいないところが日本のいいところ。
B'zなんかはパクリリスト見つけて聞き比べてなるほど~と思ったけど、パクリで実際終わらず、彼等なりの音楽まで昇華してる。
実はB'zは大好きです^^;;。

また、クレジットとってちゃんと洋楽の訳詩をあてて発表も多数してるし、もとの楽曲にリスペクトしてる。
少なくとも国をあげて自国製にはしてない。

ところが韓国は違う。国をあげてパクリ、パクリではないとし自国製だと訴えている。
ありえん文化だ・・・。
ただ、原画、アニメータが日本で減り、韓国に移りつつある現状に問題もあるらしい。

嫌韓であるため、デタラメと思われると困るのですが、「実写 北斗の拳」で検索すると結構上の方にそのHPはでてきます。
あえてリンクはらないのは、嫌韓なので、まるでたきつけるみたいに思われるのが自分的にいやなので^^;;。
興味ある人は自分で探してみて下さい。

そのHPで偶然見つけた”タイの「ボルテスV」事件”のこと。
私大好きだったんです、このアニメ。
コンバトラーVの方が日本ではメジャーで、ボルテスって意外に知られてないと知ったのはネットを始めてまもなくでした^^;;。
まず主題歌がいいんですよ!
心にぐっとくるんですよ(笑)。

タイでは初めての日本のアニメがボルテスVで大人気になった。
しかし、戦争経験者と未経験者でのとらえ方の違いや文化、政治などの面から誤解されたり、打ち切りになったり、再開したり。

改めてこんなところからも戦争というものを考えさせられました。
TVでは面白おかしいところしか流さないため、世界の中の日本アニメを紹介するのは一部だったんだと思いました。

私はマンガやアニメが知能を低くするとは思いませんが、小説を読む、専門書を読むことも必要と思っています。
これらは情報の形態が違うため、それぞれのいいところを吸収する必要があると思うのです。

ジャパニメーションという分野も築き、今後は日本の知的財産をきちっと政治で守るような事が必要かもしれません。
特に中○は要注意でしょう(笑)。

ハリウッドの「ドラゴンボールZ」の出来栄えはどうなのでしょうか?
正直疑問ですが、ちょっとだけ楽しみです。
どれくらいバカ笑いができるかですが(爆)。

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  1. 2007/09/05(水) 17:27:13|
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待ちという大切さ

【正論】西岡力 北朝鮮住民への働きかけに支援を

楽観視はできないが、もしかすると”拉致問題”に進展があるかもしれない・・・。
ほんのわずかな希望ではあるが、ないよりはマシという程度だとしても、その希望の灯火を大きな炎に育てて欲しい。

そもそも北朝鮮に外部の情報がそんなに入ってるとは思っていなかった。
西岡力さんによれば次のような事が書かれていた。


1.自由と人権という”言葉”を知ってること。
2.北朝鮮には韓国からの気球配布や中国からの持込で短波ラジオを持っている。
3.韓国の脱北者が「自由北朝鮮放送」を2005年12月から開始
4.日本の民間団体も対北朝鮮短波放送「しおかぜ」を実施


つまり現状の恐怖政治に対して洗脳が解かれつつあるものの、逃げるしか方法がない、しかも命がけで逃げるしか・・・。

今後の脱北者が日本に来た場合は拉致の情報などが果たして得られるかどうか・・。
基本的に拉致された人たちは一般人とあまり面識はないようなので期待はできない。
しかし、こういったラジオを流して呼びかけ、いつか高官のちょい下くらいが亡命してくれればラッキー程度ではあるものの、拉致の解決の糸口になる”かも”しれない。
かも強調はかなり希望的観測のためです^^;;。

もし、日本がアメリカと協力してのりこんでいれば犠牲者がでたと思うのですが、時間的なことから言えば早いでしょう。
しかし、現在は時間をかけてじわじわとボディーブローのように効いてきてると信じたいですね。
わずかではあるけど、そういった状況証拠がでてきた事は素直に喜ぶことだと思います。

とはいえ、20,30年も待てない話ではあるので早期解決が望ましいのは確かです。
本音を言っちゃえば、自衛隊が乗り込んでさっさと解決して欲しいとは思いますけど、それをしない事が国際的な信頼を得てる今、相手に効きそうな事を思いつく限り実行する事しかありません。

これは”自国の防衛”を過去怠った政治の問題ですから、現政府に直接の責任はありませんが、対策を小泉さんの前まで怠った責任はあるでしょう。

年金もそうですが、拉致は与党・野党などとくだらない喧嘩で先送りするものではないし、もっと真剣に前向きに対処して欲しいと思います。
すでに高齢な拉致の被害者の家族の事をもっと考えて欲しいと思います。
安倍さんを見てると、”彼しかわかってない”現状が見え隠れしてます。
少なくとも倒閣運動とは切り離して、安倍さんを支えて欲しいと思います。

  1. 2007/06/15(金) 10:17:07|
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嫌中・嫌韓を考える

最近は左vs右だけでなく、左同志、右同志、さらに赤(共産)が混じり、さらにネット右翼なども入ってきている。
ただ、いずれにしても自分は自分であり、いろんな意見を”聞き”、「消化」して、自分の意見としてる人は少ないように感じる。

私は情報源に関しては寛容で、特に自分の反対意見を聞くようにしている。常に自分が正義とか正しいとは思わないように気をつけているからだ。
また、反対意見を言うのは非常に勇気がいる。その勇気を私は認めてあげたいと思う。

しかし反対意見ではなく、盲目に反対を信じてるフリして主張する人もいる。
そういった人の話は残念ながら聞かないし、信じない。
根拠たる自分の意見ではないからだ。

現実的な話として、私は自分を右でも左でも赤でもないと思っている。
まぁ、内容的に右に近いかもしれないが、それはたまたまであって、別に右翼になったつもりもない。
そもそも、そんな価値観がくだらないと思っているので、どうみられてもなんとも思わない。

じゅぁきはじゅぁきであり、全てじゅぁきとしての意見である。
確かに人の意見を取り入れるし、話も聞くし、場合によっては感化される時もある。
が、私のブログは私の意見でしか
書いてない。

ところが最近はブログを見ても面白くない事が目立つ。
NEWSをこぴぺして、あ~だ・こ~だと似通った書き方している。
それこそ、そこにユーモアの一つくらい入れて欲しい。
私はできないけど^^;;。

特に中国や韓国(朝鮮)に関しては、まるで親の仇でもとるかのように”いかに悪い国”かを共有させようとしているように思える。
確かに日本人なのに、中国や朝鮮と手を結んでる人はいるだろう。
だからといって、少なくとも選挙で勝ちあがってきてる以上は、それを尊重しなければならないという前提はあるはずだ。

もし、一つ言うならば、個人的なことですが、河野洋平は確かに何らかのペナルティはあってしかるべきだろう。
河野談話を出している事で「国益を失った結果責任」としてである。
考え方によっては河野洋平も内閣の犠牲者ではあるが、責任というものは誰が発表したかによるものだし、結果責任であるから、政治家としての資質の問題もある。
だから議員を辞める事をしないならば、なんらかのペナルティを課して欲しいと思う。

だからといって私は

「国賊である河野洋平!」
「鉄面皮である河野洋平!」

などと書かない。
そもそも政治家というのは鉄面皮でなければいけない。
いい言い方をすればポーカーFACEは政治家の絶対条件ではないだろうか?
まぁ、これも個人的価値観なので、反対も多いと思うけど^^;;。

いずれにしても品がないというのは、自分が正しいと思っている事をいかにも人も正しいと思い込み、相手を攻撃していいと勘違いしてる事だ。
どんなに自分が正しいと思えても「謙虚たれ」と昔の日本人は言っていた。
恥ずかしい話ではあるが、謙虚たれという意味が本当に意味で理解できるようになるまで30年くらいかかった^^;;。
しかし、これがなかなか実行できてないorz。
もうすぐ不惑を迎えるというのに情けないけど^^;;。

同じように中国や朝鮮に関しての問題は全てコミュニケーション上手にやれば解決する問題ばかりだ。
結局のところ政治家も官僚もヒューマン・インターフェースが壊れてるんじゃないかと思う時がある。
そういった意味では安倍はなかなかしたたかに進めていると思いますよ。

心の中じゃきっと
「中華思想しか頼れない能無し」
って思っていてもおくびにも出さない。
いや、これは失礼!!
私の想像であり、こんな言葉は安倍さんは使うまい^^;;。

そして、外交というのは中国や朝鮮だけでなく、世界を相手に外交するのであって、例えばアフリカに大使館を増やすという事を反対する人がいる。
財政が逼迫してるからというが、だったら行政法人を減らしたり、天下りを減らしたり、特別会計に手を入れたりして捻出はいくらでもできるはずだ。
ちょっと数値は忘れたが、アフリカの約半数しか日本大使館はなく、中国はほぼ全部のアフリカをカバーできる大使館数があるという。
これではアフリア全体で見たときに、
「な~んだよ、日本はアフリカ見てねぇじゃん」
と思われてしまう。

ただ、これは友達の友達から聞いた話だが、アフリカ全体としては中国が来る事を嫌い、日本の大使館を増やして欲しいと思ってるという。
もしこれが本当ならば嬉しい限りである。

ところが、中国だって自国発展、いや正確に言えば自分たちの体制を維持し、広大な土地を治め、今後を見据えての活動だ。
逆に言えば、彼等はやり口はキレイとは言えないが自己防衛の立場から言えば「当たり前」なのだ。
それを非難したところで意味がない。
それすら手玉に取れない政治家・官僚がダメなのである。

韓国は中国の腰ぎんちゃくであるが、それは地理的な歴史とからまってそうなっていく事で自己防衛を果たしてきた。
だから同じ事するだけなのだ。

どちらにしてもキレイ事?
何それ?
という事で、そんな価値観は持ち合わせていない。
別にそれを非難するつもりはない。
そういった国なのだ。
むしろフェアにとか日本の価値観を押し付けてどうする?
と言いたい。

一件中国や韓国を嫌いになるように仕向けられているように思えるこの頃ですが、よくよく考えて見れば日本の価値観で尺度を計るからおかしいという事に気がつく。

最後にマイク・ホンダが米下院で日本非難決議案を出したが、これは彼の政治的な手法では正しい判断だ。
また、これが今回決議なれなければ政治生命も危ういだろう。
そうまでして行う”価値と義務”を持った行動だろうから、それを非難しても始まらない。
ただ、これをきっかけに内政問題であることも私はわかった。
外国の決議案で調べた自分も恥ずかしいが無関心ではなかった。きっかけと情報量が増えた事が今回の事を調べる気になった。

私の知り合いでは、
「個人的な付き合いで韓国人は悪いと思えないけどなぁ」
という人もいる。

つまり、韓国にも中国にも、そして日本にもいい人・悪い人がいるという事である。
それを考えずに全てを否定して楽に生きる事が、結果幸せかどうかはその人の価値観で決まる。
これでよかったと満足ならそれでいい。

そして私はそいう生き方をできないと思っている。
今後もきっと悩んで、間違って、不安になりながら生きていくんだろうと思う。
でも、きっと死ぬんだなと思ったときに満足感に包まれているような気がします(笑)。

  1. 2007/04/18(水) 10:45:58|
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「まっすぐ正義君」の怖さ

ゴーマニズム宣言3巻における「まっすぐ純粋君」という表現は個人的にうまい事をいうなぁと思いました。
ただ純粋というより、私は正義を表に出しているように思えてちょっとだけ変えて「まっすぐ正義君」といってます。

では「まっすぐ正義君」とはどんな人物像でしょうか?

1.自分の都合のいい事にしか耳を傾けない
2.そこには合理性や論拠はなく、全て感情のみ
3.やたらと弱者という言葉を使う
4.自分に反論する人は非正義であり、我こそは正義という事を言う
5.人の気持ちという事を言う割りに、反論する人の気持ちにはなれない

こんな感じですかね?

例えば従軍慰安婦に関して言えば
「弱者の気持ちを考えると」「強制されたと言ってる人がいるじゃないか!」「そこに正義はあるのか!」
などを真顔でいえちゃう人?

私はあくまで経験上ですが、何かと弱者と言う人を信用しません。
本当の弱者にそういうのは問題ないですが、なんか自分と違い、また社会的な立場が”よわそうと思われる人”を弱者と決め付けている人がいるんです。

実は私は障害者自立支援法において、確かに弱者という書き方をしました。
その最大の理由は

収入源の保障もなく、障害者というだけで就職ができない、また就職活動すらままならない人から一律1割負担を国から搾取されるのはおかしいから

です。

例えば自分自身で苦労しながらも就職ができ、また通勤が可能な人はいいほうです。
彼等から収入に対して課税されるのは一向にかまいません。
しかし、たいていの場合は違う人です。
誰かの介助がなければ外にもでれず、場合によってはトイレすらいけないんです。
また、知的障害者は作業所というところで働きます。
しかし、働く事が目的であり、そこに生産性はありません。
それでも、少しでも人間性を持たせたいがために通っているんです。
なのに親が負担してる現状はいったいどうなってるんでしょうか?

そういった人たちを私は弱者と書きました。
生存権を剥奪しかねない法案に対しての弱者です。

しかし、「まっすぐ正義君」はどうした事か、弱者の理由をいいません。
「常識・当たり前・考える必要性もなし」と決め付けています。
おいおい、それはないだろう?
本当にその人が望んで弱者なのか?
それとも自分が決め付けているのか?
その違いも説明しなくていいのか?

と、疑ってしまいます。
正直言えば、自分も”弱者”と書いてる時には自分に疑問がありました。
本当に彼等・彼女等は弱者なのか?
それでも書く事に踏み切るのに悩んで、自分を納得させて書いてます。
後は受け手に任せようと・・・。

価値観が違うのはもっともで、だからこそ相手の話をよく聞き、そして勉強して、お互いを認められるように話し合う必要があるのに、最初から切り捨てゴメンの辻斬りよろしく、耳を傾けもしない態度。

また戦場娼婦の場合は「強制連行された証言があるじゃないか!」というが、証言が全て正しいわけじゃない。
証言には根拠となる物証が必要だ。
まぁ、これに関しては多数の人が精査してるだろうかもう言うまい。
しかし、精査もせずに自分の都合でゴリ押しをする。

”人でなし””悪魔の所業””淫獣”などなどのレッテルをはる事にひたすら邁進し、決して自分の意見が正しくないと認めない。

果たしてこんな事でいいのだろうか?
自分の意見の中に埋もれ、同じ意見の者をまるで同志のように慕い、はみだしたら裏切り者扱い。

確かに一つの生き方です。
それは認めるけど、それだけでいいのかと問いかけたい。
そこに自分の考えるスペースはなくていいのか?と。

これって正義の行動だから、自分が世直しするのに他人を殺してもかまわないって発想と同じなんだけど・・・。

日本の漫画が世界でたくさん読まれているのはもうご存知かと思いますが、その一つの要素に”正義の安売り”がないからだと私は思います。
海外で人気が高いマンガは次の要素があると思っています。

1.成長物語である
2.正義はどちらにもあるからこその悩みがある
3.力が全てではないが、力がある事を認めている

だから人は主人公や脇役に感情移入し、一緒に悩み、自分だけの答えを求めようと考え始める。
勧善懲悪で、子供でも理解できる漫画だけだったら決して日本の漫画は世界に羽ばたく事はなかっただろうと思います。

しかし、不思議な事に「まっすぐ正義君」が実は若者ではなく、30代後半から40代に多いという話を聞いたけど、何故だろうか?
一つはネットによる情報の収集がなかった世代という事があり、やっぱりTVの影響は大きいという事だろう。
そして、バブルを経験しているので楽(らく)したいのだ。
大して働く事もなく儲かった時代が確かにあった。
だから、バブルにしがみつけない今、自分をさらけ出す事もできない、人が言ってる事で都合よさそうな事に飛びつきたい!

その結果が「まっすぐ正義君」か宗教となる。
何故自分はならなかったのか不思議だった。
今思えば24,5歳の頃はかなり「まっすぐ正義君」に近い考えで、廃頽の美学に溺れ、「どうせ人間なんて地球を壊して滅びるんだ」と本気で考えていた時期がありました。
だから我に正義アリ!!
って考えがありました。

ところがいつ頃からだろうか?
やっぱり一番のきっかけは自分に正義があると相手を責めて、45,6歳の部長が最後に泣くまで責めちゃった事がきっかけでしょうか?
それ以来考えるようになっちゃいました。

もともと宗教が嫌いだし、人の話は聞くようにしていた事もあったのですが、結論がいつも極端に「意識改革」や「価値観」というもの行き着き、なんで認めてもらえないのかがわからなかった時期があった。
しかし、まずは相手を認めてから話をするという当たり前のコミュニケーションから始めたいと思うようになり、また歳を重ねる事でえた経験を生かしたいと思うようになってから、同じ考えでも認めてもらえるようになってきた。

そういったことからも「まっすぐ正義君」にはぜひ、苦しんで、悩んで、不安になって、そこから這い上がってもらいたい。
人間性を疑うのはなく、人を疑ってもいいから、自分を疑ってもいいから自分だけの意見を見つけて欲しいと思う。
特に不惑を間近にしてる人、不惑を過ぎた人は考えて欲しいと思う。

  1. 2007/03/26(月) 17:41:25|
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自分の中で従軍慰安婦問題は決着しました

従軍慰安婦という人は存在しません!

ちなみに”戦場娼婦”という方々はいました。
今で言う売春ですね。
それを生業にしていたたくましい女性の方々です。

証拠は
落ちてたので拾いました。いつまであるかわかりません。
安倍首相「韓国ではもともとキーセンハウスが盛ん」

と、ゴー宣の三巻にいろいろのっていました。

いや~、個人的にはこれでスッキリしたのですが、問題は子供です。
さ~て、その頃には日教組も従軍慰安婦を消してなかったとしてるとアリがたい、ついでに日教組の運営もかわってるともっとありがたい(笑)。

さて、この問題がややこしいのは、韓国が主張してるだけならよかったのですが、何故か日本人がこの問題を大きくしちゃってる。
しかも、その時代の政治決断で河野談話だしちゃってるし・・・。

実は「韓国人から見た北朝鮮―独裁国家のルーツ」という本を過去に読んでました。
これがまた実に韓国(朝鮮?)と日本の文化の違いを如実に感じさせてくれました。
こういってはなんですが、民族的な背景なのか、それともあくまで個人的な一部なのかよくわかりませんが、朝鮮という国はご都合主義が最上位の尊厳と思われます。

この際、朝鮮人を否定する事になっても正直かまいません。
ただ、在日の方々は限りなく日本人であり、在日を韓国・朝鮮の人にはみえません。
だって日本語しゃべるし、価値観の大半は日本的ですよ?(笑)。

なので本国の人のみ限定ですが、強いものには従い、弱いものを徹底拷問し排除しよう!
という気がしてなりませんでした。
ただ、大陸的な中国という強大な国が隣国のため、ある程度はしかたないかもしれないと本でもかかれていましたが、卑屈になりやすいかもしれません。
自分たちが滅ぼされないための必死の選択。
おそらく私達日本人が想像もできないような苦難の道程だったのでしょう。

だからご都合主義が全てであり、そもそも自分たちの文化というものに尊厳がおかれなかった。
そういった風習が今でも根強く残ってるのでしょう。

中国のマネなのか、それとも中国の圧力なのかわかりませんが、韓国や北朝鮮にとって日本の内部で使えそうなネタは食いつく。
そして食いついたら食べつくそうと、日本人を懐柔する。
そんでもって、自分たちの配下か中国へ献上したいんでしょう。

だからといって朝鮮人全てを否定する気はありません。
だって韓国なんて情報がそこそこ開かれているから、実はわかっている若者も多いようです。
しかし言えないんでしょうね。

逆に情けないのは懐柔されている日本人と、その懐柔された情報しか見ようとしない「まっすぐ正義君」達です。
まっすぐ正義君とは、やたら弱者をしたてあげ、それを自分は守る正義があるという邪な信念で行動する人たちです。
いかにも人の心を知ってるかのようにいいますが、そもそも正義なんてこの世の中にないのは周知の通り。
個人が思う正義なんて、形の違う宗教と同じで危険極まりない。

実は従軍慰安婦が仮にいたという仮説から出発すると、これは当時の朝鮮人を卑下しなければ成り立ちません。
そもそも軍が強制的に連行したとするならば、その話は残ってるはずですし、そういった経験を戦後すぐに訴えるはずです。
だって中国が見方にいるんですよ?
こんなネタを見逃すなんて考えられません。
さっきも書いたように朝鮮にとって中国は絶対的な存在です。

しかしそういった事はなかった。
つまり後から作られない限り存在しません。
また、日本でさえ拉致問題の時にこれだけ盛り上がりを見せたのに、朝鮮では一切の盛り上がりがない。
つまり、仮にあったとするならば、朝鮮は朝鮮人は連行時に抵抗してないという事になり、そんな無関心な民族という事になります。

これってどうなんですか?
確かに日本も拉致家族が目に見えない限り盛り上がりに欠けていました。
しかし、拉致された家族は強い絆と、信頼をお互いに築き今日まで闘っておられます。
一方韓国の人々はといえば、一切そういった事はなし。
た~だあった、あったと騒ぐだけ。
根拠もない話を盛り立てて、中国が味方にいるからとやってるのにすぎない。

そもそもご都合主義ですから、疑問を持たない。
感情一直線な事ですから、どうしようもない。

この問題の一番の被害者は日本人と思うのですが、私は未来ある朝鮮人も被害者に思えてしまいます。
いずれこの問題はなんらかの決着は国同士でもつくでしょうが、禍根を残す方法しか現在は選択肢がありません。
となれば、朝鮮の人々にとって隣国は中国だけでなく、日本も敵視しないといけない国なのです。

日本は世界中に窓がありますが、韓国はアメリカともありますが、これだってどうなるかわかりません。
朝鮮併合が必ずしも韓国側になるという保障はありません。
中国がいますから。

彼等は目先の事しかみれないわけじゃなく、見ないようにさせられてきているので、こういった国の風習になってしまった。
逆に日本は未熟なまま大海原に出てしまい、富国強兵が正しい道として突き進んだ結果が最終的に戦争まで突入という事になった。

今さら過去に戻る事はできないわけだから、ここはお互いに大人になって認め合える未来を築かないといけないと思う。
相手がある事だし時間はかかるだろうけど、それでも一歩ずつ進めて行き、本当に未来あるアジアにすることが大事だと思います。

そのためには「まっすぐ正義君」では日本はいけません。
自分の利益と自分を温室に置きたい気持ちも人間ですからわかりますが、それをする事が決して自分のためにならない、そう言い聞かせて立ち直って欲しいとも思います。

  1. 2007/03/22(木) 14:41:37|
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