じゅぁきのディープゾーン

NEWSからみた、一般的な生き方をしてる疑問点などを提起したり、逆に考えた結果など。 ちなみに文章になるとかたくなるのは、年齢的なもの?(笑)。

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騒動でした・・・。

始まりは先々週の金曜日でした。この日は外食をするので待ち合わせをして、子供も楽しそうにしていました。
ところが、何かおかしい。食べないのもあるのですが、いつもと違うような気はしてましたが、たぶん眠いのかなと思っていました。

土曜日、朝から子供が嘔吐と下痢をしだす。
急いで小児科にいったところ”腸にウィルスが入った風邪”でしょうとの事で、どうやらノロやロタではないとの事。
土曜日は比較的元気があったのですが、日曜日は全く元気もなく寝っぱなしなうえ、何を食べても(おかゆやうどん)食べてるそばから下痢する・・・。

月曜日再度病院に行き、話を聞くととにかく水分をとの事だったが、いかんせん子供が水分をとりたがらない。
だからめったにおしっこがでないので心配になる。
その日の夜に「食事をとらない治療」というものがあり、とにかく今は水分を補給させておしっこをさせること、と、小児科の電話相談で言われました。

とにかく水分という事で、何なら飲むのかと試行錯誤した結果、「クノールのコーンスープ」なら飲むので、とにかくコーンスープを飲ませ、その合間にイオン水や麦茶を飲ませていました。
火曜日、水曜日、実質月曜日も何も食べないでいると、かなりおしっこも出るようになり、色が変わり、臭いが変わってきました。

木曜日からうどんやおかゆを食べさせ始め、量も少なめですが食べるようになりました。
金曜日は多少体力も回復したらしく、布団からでて歩いていました。
土曜日にはうんちも出て、まだやわらかいものの臭いが全然変わり、日曜日は普通のものが出るようになりました。

月曜日には多少外に出してあげて、動くようになってきました。
しかし一気に筋肉は落ち、このところ甘えもあってすぐにだっこと言うのですが^^;;。
それにしても風邪からきたといわれてますが、最初は疑っていました。
結果的に風邪だったんだとわかったのですが、こんなこともあるんですね・・・。

そして先週はかみさんと子供をかみさんの実家に連れて行き、一週間かみさんの骨休めも兼ねて行ってもらってました。
というのも私の仕事が一週間すすんでいなくて溜まっているのと、引継ぎ作業が思いのほか進んでいないため、まとめて資料を作成したかったので。
水曜から木曜にかけて徹夜で8割作成して、先ほど全部終わりました。

そんなこんなでなかなか更新できずにいました。
子供がこんな事になるとは露にも思わず、ビックリです。

ようやく子供は元気を取り戻し、じゃっかん歩くのを嫌がるようになりましたが、そこはそことしてスパルタ?(笑)で歩かせています。
といっても数歩で抱っこしますけど^^;;。

仕事もひと段落して落ち着きを取り戻し、後は順調に一月半過ごせればと思っております。
また、ブログも再開したいので、今後もよろしくお願いいたします。

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  1. 2008/02/18(月) 13:06:33|
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こうのとりのゆりかごは?

乳児の遺体隠す 23歳風俗店従業員を逮捕 佐賀

今さらながら言うのもなんだけど、子供を簡単に殺しすぎてない?
というか、大人の事情ってやつなんだろうけど、それにしても身勝手すぎると思うが・・・。

それと同時に「こうのとりのゆりかご」(個人的に赤ちゃんポストって嫌いなので)にも一年で8人入れられていたと発表もあった。
それなりに実績が上がってきているけど、考えてみたら九州まで行くお金なんてないな。
あまりに数増やすのも問題あるけど、道州制の予定の箇所に1,2箇所置いてもいいかもしれない。

自分が子育てして、過去の記事でもわかるように、いろいろ大変ですよ(笑)。
特に今は下の子が夜寝なくて。
頭ひっぱたいてやりたいという気持ちは正直あるけど、殺そうとまでは思わない。
これが不思議とそんな気持ちにならないから、あぁ自分の子供なんだと思う。

それにしても後を絶たないなぁ。
先日もかみさんから聞いた話で、ミルク飲まない2ヶ月の子供を、病院行くお金がないからと死なせた母親がいたという。
基本、乳児医療はお金かかりません。

かみさんも言ってたけど、そんなにお金がないなら乳児医療の申請は通るはず。
知らなかったのだろうか?

そこで話題になったのは、旦那さんだ。
別に庇うわけではないが、この家族にはいくつかわからないが上の子がいるという。
つまり、1歳以上の子供がすでにいるわけで、旦那からみれば下の子の異常に気がつくかどうか疑問だと話した。

そりゃ寝かしつけやミルクをあげるなどで、手伝える範囲はするけど、四六時中見てるわけではないから乳児の異常は気がつきにくい。
まして、問題なく育てた母親なわけで、信頼もあっただろうし。

そういった母親の相談窓口だって市役所にゃあるが、そもそも乳児医療の控除しらないなら、これも知らないよなぁ。
どうなっているんだか・・・。

いずれにしても、乳児なんだから周りに相談できる環境を自分で作らないと。
思いつめても解決は何もしないし。
って、それができないから難しいのかな?

せめて、市役所の相談窓口くらいは本腰しれて宣伝して欲しいと思う、今日この頃だった・・・。

  1. 2007/12/10(月) 11:41:32|
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【浮世離れ】赤ちゃんの面倒は・・・

今日は久し振りに子供の話。

ようやく先週に家族4人の生活が始まり、はや一週間。
金曜日にお宮参りを済ませ、かみさんと下の子の一ヶ月検診を終え、一安心。
そんなわけで、昨日はかみさんと上の子を外に出してあげて、上の子の心のケアをさせてあげたく、私は赤ちゃんの世話を買ってでました。

正直、そんなに大変と思ってなく、上の子が赤ん坊の頃にも面倒みてたから平気だろうと・・・。
甘かったorz。

かみさんと子供が出かけ、しばらくすると赤ちゃんお目覚め。
ミルクをやって落ち着くはずが・・・。
全然ダメ^^;;。
寝ないし、ぐずるし、布団類の入れ替えで干しているしなどのてんわやんわの大騒ぎ。
赤ん坊はすぐにミルクと泣くし、ぐずる。
ようやく寝たと思ってお昼を買いに行くと、戻ったら泣いてた、う~ん、泣き始めたが正解かな・・・。
よかったよ、嫌な予感ですぐ戻れる買い物で。

結局、赤ん坊のご機嫌とりと、布団干しと圧縮と掃除をしながら、気がつけば夕方でした。
こんなに大変だったかなぁ?
と、記憶を辿るも、全くそんな気がしない。

やっぱり女の子と男の子との違いみたいですね。
本能でかみさんがいないの察知したようで、帰宅してからは熟睡につぐ熟睡でした(笑)。

もうちょっと大きくなれば、家族4人で公園に行ったり、お出かけができるのですが、まだまだ先のお話で、その前にクリスマスやお正月が待ってます。

かみさんの風邪もようやくよくなってきて、上の子もよくなってきました。
そして、案の定私が今つらい^^;;。
午後はどうしようか検討中です(笑)。

  1. 2007/11/26(月) 11:48:36|
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縦割り班というもの

先日らい、かわらやさんと「イジメ」に関していろいろお話をさせていただきました。

いじめは必要悪?

実はタイトルと内容は合致せず、また本人もこのタイトルによって読まれるという事をわかったうえでつけているそうです。

何点か話していて、基本的な方向性やアプローチの点などを詰めていくと結果的にほぼ同じ考えである事がわかりました。
ただ、重点という意味ではほんのわずか違いますが、これは細かすぎるのでいいかなと^^;;。

そこで、最近になって、学年間の敷居を取り払うことがテストケースとして行われ、成功を収めているとかかれていました。
ところが、私は『縦割り班』という形で、26,7年前にこの試みに参加しておりました。
何故今頃?ってちょっと疑問があり、また、私が卒業と同時になくなった制度が今見直されているというのも面白いなと。

まず、私がかよっていた小学校は本当に変わった学校でした。
今では当たり前だったり、ありえなかったりした事が平気で行われていました。

今では当たり前なところ
1.ひまわり学級制度
2.集団下校の月1制度
くらいですかね・・・。

おいおいなところ
1.縦割り班のテスト
2.課外授業の担任責任制度
3.雪が降って、10cm積もると学校全体で雪合戦

思いつくところはこんなところですか?
まぁ、いろいろあった小学校時代と中学校時代、記憶が曖昧なところは除きました。

さて、ひまわり学級に関しては、障害者を普通校でありながら入学させる制度です。
ここ10年くらいは制度として整い、まわりの理解を得られるようになりましたが、私の時代ではやっぱり古い風習の残る、東京都下の田舎ですから保護者間でもめたと聞いた事があります。
それでも校長以下、教師が一丸となってこの「ひまわり学級」を作ったそうです。

例えば、現在はぶっちゃけ”経営難”から入れるケースがほとんどですが、当時は子供が溢れるばかりにいた時代です。
はっきりいって、経営で入れる事はありえない時代です。
にもかかわらずひまわり学級を作った意図はなんだったのでしょうか?
今となっては正確な理由も意味も想像しかわかりませんが、この結果は私は多大ないい影響を受け、私は障害者に触れたことの本当に意味を大人になって知りました。

集団下校に関しては、必ず月1で行い、この場合は保護者が協力する事になり、持ちまわりで協力者を決めていたそうです。
これは結果論ですが、自分の子供の近所にどんな親子がいるか知る事になり、また地区の違う子供と友達同士の場合に挨拶などができるなど、まさに地域社会の形成に役立っていたようです。

今は犯罪から身を守るために行っていますが、当時は隠れた意味でそういったこともあったと思います。
ただ、表にでてこなかっただけかもと思います。

そして、縦割り班は最後に説明するとして、課外授業の担任責任制度というのは、担任が課外授業を決めてしまうという点です。
今ではありえないそうです。現役の教師に聞いたら「信じられない」といわれました。
もっとも昔だって勝手にはできず、おそらく申請制度だと思うのですが、こんな事がありました。
無知な自分に腹が立つ


その大きな理由は、前に書いたと思いますが、鍾乳洞を見つけたエピソードでのこと。
簡単にかくと、うちの小学校近くにちっちゃい山があり、山道はそれなりにハイキングコースで整備されてました。
整備のされかたが、杭と杭の間を木でつなぐものでした。
ところが一箇所だけロープでしたので、友達数人でロープをまたぎ、険しい獣道を下ってしまいました。
その先には鍾乳洞があり、翌日懐中電灯を持ってちょっと探検気分で入りました。
それを数日後あっちゃん先生に言ったときのこと
「危ないというマークがあるのに、何で入ったの!」
と怒られてしまいました。
たしかに赤いペンキが獣道の近く木々に塗ってあり、それを承知で入ったのでした。

しかし、他の先生と違うのは、
「でも鍾乳洞を見つけて報告してくれたことは嬉しいわ」
といい、後日課外授業でサポート父兄を募集して、クラスで見に行きました。

つまり、やってはいけないいけない事はいけないが、その結果、報告をしてみんなで見たいという心は誉めてくれました。
しかも今時の先生ならサポート父兄を募集してまで鍾乳洞に連れて行こうといってくれる先生なんていないでしょう。
この見学会は今でも一生の宝物として心に残っています。


このように課外授業にしてしまうなんて事をやってのけるのです。
他にも春に花が咲き出す頃に近くの山をハイキングし、植物観察したりなど。

ちょっと課外授業と違いますが、小学校6年生の担任は
「理科は実験してこそ理解が深まる」
という先生で、一年間実験室で授業だったり・・・。
そんな事を許す校長もどうかと思うようなところでした(笑)。

もう一つの雪合戦は、今は10cm積もる事の方が稀だし、やってないと思いますが、私の時代は20cmが普通にありました。
で、所詮子供ですから、雪がふると授業どころじゃないわけですよ(笑)。
そういった事も含めて、一度遊ばせてから授業に戻るということをしたんだと思います。

長くなりましたが、ようやく本題に入ります!^^;;。
そして、縦割り班という事をいきなりする事になったわけです。
これは私は小学5年生の時に始まりました。
それまでは、授業内のサークル活動というか、クラブ活動という時間があったんです。
小学校ですから、放課後のクラブ活動というのは同好会です。
つまり、授業で行うという今では考えられない授業がありました。

たぶん、これが教育方針で変わったんだと思います、当時の文部省の方針で。
そこで、うちの学校はクラブ活動じゃなきゃいいということで、「縦割り班」などという時間にしてしまいました。

この「縦割り班」というのは簡単に言えば、一クラス40名強いるわけですが、このクラスの中にだいたい3,4名の班があったと思います。
これをまさに1~6年の同じクラス、同じ班番号の子供を集めて、5,6年生が1~4年生の面倒を見るというものでした。

だいたい24名以下だったと思いますが、これだけの大所帯でも低学年、中学年は高学年の人に緊張したりしてましたが、次第に打ち解けていき、ある種の共有空間を作っていきます。

ただ集まるわけではなく、そこには当然目的が存在しますが、基本は集まった人たちで決めます。
例えばカッターで鉛筆を削ったり、竹トンボをつくったり、縄跳びを教えたりなどなんでもいいのです。

高学年が先頭に決めたところ、低学年の希望をかなえようとするところ千差万別、それでもよかったのです。
いい加減っちゃぁいい加減??(笑)。

この縦割り班で印象に残っている事は、高学年には「不良」といわれる存在も当然いました。
彼等、彼女等は初めは嫌がって逃げたりしてましたが、時間がたつと言葉では「面倒くせぇ」「んっだよ」とか言いながら低・中学年の面倒を見出すのです!!。

これは意外な一面を見たと同時に、こういった人達は責任を与えられるとこなしたい欲求があるのだと気が付きました。
まぁ、もともと面倒見がいいという性格だったのもあったと思いますが、それだけでは説明ができない現象だと思います。
なんせ、ほぼ100%の不良といわれる人が変わったのですから。

またいじめっ子=不良という事もあったのですが、つまりいじめる方も年下を面倒みると変わるという事もわかりました。
これは小学校だから有効で、中学ではおそらくダメでしょうね。
その頃には自分に嘘つける知恵つけてますから。

これを二年間おこなって私は卒業しましたが、翌年からなくなったと聞きました。
校長が変わったのか、それとも教育方針にそぐわないなどで市か都か国が勧告を出したのか、それは不明ですが、私は都の教育委員会あたりが怪しいと思います。
なんせうちの学校はとにかく珍しい学校ですから、他ではやってないことを平気でやっていました。
となると、市はうるさくないですが、確か当時は都がうるさく、PTAなどの力が強かった時代です。
ま、これも今となっては想像でしかありませんが^^;;。

今思い出しても、同じ世代でこの話をしても信じてもらえなかったり、場合によっては嘘つきまで言われます。
それもしかたありません。
想像ですが、うちの小学校の校長はもしかするといろいろ規約違反、つまり行政と闘っていたんじゃないか?
と思えてしかたないのです。
これは、同じ市の小学校と比べても明らかに逸脱した事が多く、それは「うちの学校だけ」という事が多いのです。

小さい時は気がつかない事でも、大人になって考えたときに、もしかしたら・・・、と思った次第です。

もし記憶が間違ってなければ、私の卒業後の翌々年に校長が代わったはずです。
それからいろんな事がなくなったと聞いてます。
これらが関連あるのか、ないのかはわかりません。
しかし、個性あふれる先生に出会い、いろんな経験が少なくとも今の自分に存在してます。

そして、この縦割り班という制度は失敗だったのかと思ってしましたが、どうもそうではないようですね・・・。
もし、これが国単位で行われるなら、私は賛成したいです。
子供の社会形成に悪い影響がでるとは考えられませんから、経験上。
もっとも、嫌われる制度でもありそうですけど・・・。

  1. 2007/11/19(月) 11:46:49|
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無事出産しました!

10/25に3006gと平均的な体重、身長の「男の子」が無事、出産いたしました^^/。

上の子の時には緊急手術で、その後未熟児で大変なことになったので、今度は本当に無事に五体満足であればと思っていました。
ただ、前に書いた通り、障害をもつ可能性はありましたらから、それはそれとして覚悟もありましたけど・・・。

おかげさまで、元気な子供を授かり夫婦として喜びを噛締めております。
上の子は結構赤ちゃんかえりして、かみさんを要求してますが、あきらめたのか、今日当たりからあまりいわなくなりました。

また、これから一週間はかみさんは入院、その後かみさんの実家に赤ちゃんと暮らすため、上の子は私の実家で一緒にくらします。
なので、会社にまたお休みをいただきながらかみさんのところに子供と往復の日々です(笑)。

今日は家に戻り、掃除とお風呂の掃除です。
水場はカビが出やすいですからね、カビキラーで^^;;。
その他にPCにたまったメールの処理などしてました。

これからオムツを買って帰ります。
うちの両親が子供を連れて今日はかみさんのところに行ってます。

もしきにしている人もいるかと、取り急ぎ書いてみました。
明日からは会社に行きます。
それらのスーツも運ばないと(笑)。

とても大きな泣き声で、元気一杯な赤ちゃんです!

  1. 2007/10/28(日) 16:02:30|
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